葵(あふひ) 

今から8年前(2007年)に生まれた女の子で一番多かった名前は「葵」だといわれています。それ以前からこの名前はかなり多く、今私の授業に出てきている学生にも「葵さん」はいます。
私など、つい「オクラはアオイ科の植物」なんてプランター野菜のことを考えてしまうのですが、ハイビスカスやムクゲなどもアオイ科。概して花のきれいな科と言えるのでしょう。もちろん、オクラの花もきれいです。

今は「アオイ」と読みますが、もともと

    あふひ

と書き、和歌ではしばしば「逢ふ日」を掛けます。
男女が「逢ふ日」というのが普通でしょうが、女同士のちょっと怖い話もあります。葵祭の見物に出かけた藤原道綱母が夫(藤原兼家)の正妻である時姫(道長らの母親)と車をたまたま道の両側の、お互いが見える位置に止めるめぐり合わせになりました
そのとき道綱母は時姫に

    あふひとか聞けどもよそにたちばなの

と詠みかけます。今日はあなたに会う日だと聞いていたけれどもあなたは知らん顔をして離れたところに車を立て(停め)でいらっしゃいますね。
すると時姫は

    君がつらさを今日こそは見れ

と返してきました。あなたの冷たさを今日思い知りましたよ、知らん顔をしているのはあなたでしょう。というのです(以上、かげろふ日記)。女同士の鞘当てということでしょう。
道綱母がこの話を兼家にすると、「『食ひつぶしつべきここちこそすれ』(あなたなんて食いつぶしてしまいたいという気持ちです)とは言っていなかったか?」と冗談を言います。

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このように、賀茂祭は普通「葵祭」と呼ばれており、フタバアオイを飾りにする、つまり車に飾ったり挿頭(かざし)にしたりしたのです。
昔は卯月の「中の酉の日」、すなわち旧暦四月の二番目の酉の日におこなわれましたが、今は五月十五日の行事になっています。
源氏物語の葵の巻には、この祭の斎院の禊の時に起こった車争いが描かれます。光源氏の妻である葵の上と愛人の

    六条御息所

の車争いで、車を壊されて辱めを受けた御息所がこのあと生霊となって葵の上を死に追いやる話に続きます。なんとも恐ろしい話です。

さて、昨日はその葵祭でした。
私のように

    平安時代の風俗

に関心を持つ者にとって、こういう祭の行列はとてもおもしろく拝見できます。衣装、飾り、車、持ち物など興味津々です。関心は持っていても知識はありませんので、なおさらおもしろいのです。
歩くのがさほど苦痛でない日々ですので昨日は思い切って京都まで行ってきました。
多くの見物人でにぎわい、祭は粛々と進行していきますが、人の心は十人十色。みなさんどんなことを思いながらご覧になっていたのでしょうか。
争いもなく、王朝の雅に心を寄せられていたことと思います。

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