賀茂祭(3) 

いいカメラが欲しいです。センスも腕もないのにそんなものを持ったって使いこなせないでしょうし、なによりも贅沢なのは分かっています。しかし、賀茂祭の見物人のみなさんがいいカメラで撮影していらっしゃるのを見るとしみじみそう思います。カメラマンさんを雇って「はい、あれ撮って」「これ撮って」と指示するだけというのが一番ですが。
さて、祭の行列が停止するときはシャッターチャンスです。そこで、目の前にいた人を適当に写しておきました(笑)。この人は太刀を佩いていますが、

    毛鞘(けざや)

がはっきり分かります。太刀や履物(沓や草鞋)、冠(葵のかざしを付ける)、烏帽子などを観ているだけでもおもしろいです。

毛鞘

馬もおとなしいのもいればうろうろしたがるのもいます。口取りの人を困らせたり、行列が止まると沿道に向かってきそうになるものもいました。
風流笠も通ります。大きなものです、持つのもなかなか大変です。行列では交代で持ちます。『年中行事絵巻』の稲荷祭の絵などを見ますと人がかぶった笠に風流(ふりゅう、ふうりゅう。さまざまな趣向)を付けています。

風流笠

そしていよいよ

    勅使

が来ました。一行で一番えらい人です。というか、この人が帝の使いとして賀茂社に行くことが一番重要なので、本来は勅使こそが主役なのです。しかし今では斎王代に人気をさらわれて、沿道の人たちも「さっさと行ってくれ。もうすぐ斎王代だから」といわんばかりで、あまり写真も撮られていません。実は私もうっかり撮り忘れていました。
勅使になるのは近衛中将。四位以上は黒(あるいは紫)の袍を着けますが、縹色(六位以下)や緋色(五位)に比べて、なるほど高貴で重みすら感じます。

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行列はまだまだ続きます。というか今はむしろここからが注目されます。
すでに書きましたように、賀茂祭の本来の主役は近衛中将がつとめる勅使。その意味では、ここから先は

    おまけ

とも言えます。新聞に賀茂祭の記事が載るとき、写真には必ずと言ってよいほど勅使ではなく「斎王代」のそれが用いられます。
伊勢神宮には「斎宮」と呼ばれる天皇の娘が奉仕していました。それと同じように賀茂神社にも「斎院(斎王)」が置かれました。平安京になって三人目の天皇、嵯峨天皇の時です。平安時代の賀茂祭ではこの斎院が紫野から賀茂神社に行列をし、翌日には

    「祭の還(かえ)さ」

と言われる帰還の行列もありました。『枕草子』などにも描かれ、たいへん華やかなものだったようです。しかし斎院は鎌倉時代の初めに途絶えてしまって、今はもうその職はありません。
第二次大戦で中断していた葵祭を戦後に復活するに際して、華やかな行列にしようという意図だったのでしょう、その斎院の代わりをする人(斎王代)を中心とした女人行列が加えられました。ですから斎王代の行列は歴史的にはきわめて新しいものです。

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