鉢を飛ばす 

お坊さんの話にはときどき信じられないような奇跡譚があります。
なんといっても高徳の人は常人とは違ったことができるようです。文楽にも『日蓮上人御法海』のようなものがありますが、こういう偉いお坊さんは何か一つや二つは奇跡がらみの逸話が残っているものです。
12世紀の初めに大江匡房(おおえのまさふさ)が撰した『続本朝往生伝』という書物があります。この中には一条天皇以下、42人の往生者について短い話が載せられています。
その中に

    寂照

という人の話があります。この人は在俗の時は大江定基という名でした。三河守になったのですが、妻を亡くし、悲嘆のあまりその妻のなきがらのそばで暮らしていたのですが、やがて死臭が激しくなり、それがきっかけで出家します。
宋国へわたって修行し、安居(あんご。僧が雨季などの期間にひとつの場所に集まって修行する)を終えると他の僧たちが鉢を飛ばして、それで斎食(さいじき。とき。僧侶の食事)を得ていたのです。托鉢を自動的にやっちゃうんですね。こういう秘法を

    飛鉢法(ひはつのほう)

とも言いました。寂照は自分ではできないものですから、心の中で恥ずかしく思っていました。やがて彼もそれをする順番になり、思い切って本朝(日本)の仏や神に祈ると見事に鉢が飛んで斎食を得たといいます。
こういう鉢、欲しいです(笑)。

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この飛鉢法は日本でも何人もの僧がおこなっていることになっており、仏教書に散見します。
説話では、宇治拾遺物語などに描かれる

    命蓮上人

の話に登場します。この話が『信貴山縁起絵巻』になることは以前に書きました。
これはただごとではないのです。命蓮が飛鉢をおこなっていたのですが、その鉢を山崎(サントリーの工場のある山崎です)の長者が蔵の中に放り込んだまま放置していたのです。すると、その鉢が勝手に蔵から飛び出して蔵ごと持ちあげて信貴山に向かってふわりふわりと飛んでいったのです。
托鉢に対してきちんと対処しない、吝嗇な金持ち(彼は油搾りで財を成したようです)へのちょっとしたお仕置きということでしょうか。
長者はびっくりして馬に乗って鉢を追いかけると

    信貴山

に至りました。長者が、なんとか返してください、と願うと、命蓮は蔵は置いていきなさい。米だけは返そう、と、その鉢に米一俵を乗せるように命じます。するとまたまた不思議なことにその鉢が飛び、さらにあとに続いて雁の列のように米俵が次々に飛んでいくのです。
実におもしろい絵です。

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