写しています 

「うつし」という古いことばがあります。形容詞です。
現実にこの世界に目に見える形で存在する様子を言います。「うつし人」というと、この世に実際に生きている人。「うつし心」は(夢でなく)正気である様子。「ゆめうつつ」といいますが、あの「うつつ」も同じです。漢字を当てると「現」になります。
「うつし斎(いはひ)」というのは本来目に見えない神を実際の姿としてあらわして、その上でおまつりすることです。偶像などもそれにあたるでしょうか。

    うつる

はあるものがそっくりそのままの形で他の場所に現れること。ですから異なった形として現れる「変わる」とはまるで違います。その「うつる」の「他動詞形が「うつす」です。
そっくりそのまま別の場所に移動させる、ということで、「写す」「移す」「映す」「遷す」などすべて同じと言ってもよいのです。
ですから、そっくりそのまま、というのがポイント。みだりにかえてはいけないのです。
今年度も絵巻物を一般の皆様と一緒に読みたいと思っておりました。そしてすでに書きましたように

    信貴山縁起絵巻

を取り上げています。
昨年度読んだ『伴大納言絵巻』でも同じことを下のですが、気になるところがあると、絵を写すようにしています。かっこよく言うと「模写」ですが、そんなたいそうなものではないので、早い話がトレースです。

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それでも絵師が引いた線をなぞるというのはおもしろいものです。そして線を引くたびに絵師が何を考えていたのかがごくわずかですが伝わってくるような気がします。
もともとは剥落が激しくて写真でご覧いただいても何のことかわからない絵を少しでもはっきりさせようと思って写し始めたのですが、そのうちに線を引くことで感じるものがあったため、趣旨を変えていろいろ移しています。

    鳥獣人物戯画

もそこそこ写しました。
今、信貴山縁起絵巻を写していてやはり気がつくことがあります。もちろん優れた鑑賞眼の持ち主のかたはそんな面倒なことをしなくても観ただけでもっと鋭い指摘をされます。そこはまあ、愚鈍な私ですからやむを得ません。
たとえばこの絵巻の冒頭は次のような絵です。

信貴山(冒頭)

この絵を写しながら、なぜこの絵巻は僧侶を描いているのか、右端のほうで棒切れを持っている人物は何をしているのか、右奥に見える高盛飯は単に僧が食事時であったことを意味しているのか、などぉ次々に考えるきっかけになりました。
そして写し終えるとそれについてしばし考えるということを繰り返します。正解はわかりません。しかし自分なりに答えを出して受講者の方に問いかけてみることにしています。
私のやり方はいつもそうなのです。あれもこれもご存じの大先生と違って、

    わからないから

お話ししているのです。そしてときどきお話ししている最中にふと思いつくこともあります。
まだ冒頭あたりをうろうろしているのですが、全巻についての考えをまとめてみたいと願っています。
公開講座はほんとうに勉強になります。

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