山崎街道(4) 

ふたたび新幹線と阪急の下をくぐって西国街道側に行きます。森が見えると、それが水無瀬神宮です。
平日の午後ということもあって、離宮八幡宮はほぼ無人でしたが、水無瀬神宮も誰もいませんでした。ここに来るのもずいぶん久しぶりです。もとは後鳥羽院の離宮で、その後お堂になって、さらに神社になりました。後鳥羽、順徳、土御門の三人の帝を祀っています。承久の乱で人生の変わってしまった人たちです。

水無瀬神宮拝殿
↑水無瀬神宮

ふと振り返ると自転車にポリタンクを乗せた人がやってきました。そしてやおら蛇口のあるところに行くと水を汲んでいます。そうなんです、ここは

    離宮の水

として、名水百選に選ばれたところなのです。これはいい、かなり歩いたので喉が渇いていた私は、少しいただこうと思いました。すると私を追い抜くようにして別の人が来て、やはりポリタンクにペットボトルを数本持ってきて汲んで行きました。まあいいや、と油断していたら、さらに数人来られました。あんたたち、私にいじわるをしているの? と聞きたくなりましたが、どうやら五時までに汲むのが決まりのようで、実際それを汲んで夕飯にお遣いになるのでこの時間帯(四時半頃でした)が多くなるのでしょう。
ひとしきり汲んでいかれたあと、私も手に掬んで一杯いただきました。

    おいしい!

水無瀬川の伏流水だそうですが、実においしくて驚きました。ペットボトルを持っていれば500ccでも汲んで帰ったのに、と残念でした。

水無瀬神宮離宮の水
↑離宮の水の碑。この奥に蛇口があって水を汲めます。
 わずかに写っている自転車の人は汲んでいった地元の人です。

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あとはもう西国街道に戻って阪急の水無瀬駅を目指すばかりです。古い街道は独特の匂いがします。司馬遼太郎さんほどではないにしても、街道はずいぶん歩きましたので、その匂いだけは分かります。
阪急水無瀬の方に行くとすると途中で出会う最大の史跡は

    桜井の駅

です。というと楠木正成父子が別れた、いわゆる「桜井の別れ」の場所です。今どき学生にそんなことを話しても「楠木って誰?」と言われるのがオチかもしれません。湊川の戦い(神戸)に向かう楠公が息子の正行を河内へ返すべく、ここで別れたというのです。「青葉繁れる桜井の里のわたりの夕まぐれ」は落合直文が作詞した歌ですが、私が訪ねた日はまさに青葉の美しい夕刻でした。
明治天皇の歌碑もあり、楠公父子訣別の碑もあってきれいな公園として整備されています。
JR島本駅はすぐそばですが、私は阪急電鉄。少し歩いて水無瀬駅に出て、そこから帰宅しました。

桜井駅址
↑桜井駅跡の碑

桜井駅址楠公父子訣別碑2
↑楠公父子訣別碑

桜井駅址明治天皇歌碑
↑明治天皇の歌碑

実際はわずか2時間半ほど歩いただけでした。ですから、天王山には行かず、大山崎町の資料館やさまざまな史跡を諦めざるをえませんでした。サントリーの工場見学もできませんでした(笑)。次はまたゆっくり行ってみたいと思っています。

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