能勢へ(3)〜浄るりシアターにて 

名月峠を越えるとさほど遠くないところに能勢町役場(能勢町宿野)があります。ここに併設されているのが

    浄るりシアター

です。舞台は間口13.0m、奥行7.0m。客席は車イス用3席を含めて505席。人形浄瑠璃にはうってつけの大きさです。上手に太夫床(ぶんまわしになっています)、下手に下座(御簾内ではなく、床と対照的位置にあって、客席に顔を向けます)が置けます。
私はここで栗崎碧監督の映画「曽根崎心中」を観て、栗崎さんにもお会いしたことがありました。またコンサートに招待していただいたのでそれに行ったこともありました。それ以外は毎年6月の

    浄瑠璃月間

の催しで行っただけです。
こういう劇場を維持している能勢町はたいしたものだと思います。
この日は地元の名産品が販売されたりして芝居以外でも賑わいます。太夫さん、人形遣いさんらもウロウロしていらっしゃいます。なにしろ地元の人たちですから、親戚、家族、友人などの応援が圧倒的です。ここの太夫さんには4つの「派」があって、「おやじ」と呼ばれる井筒太夫、文太夫、中美太夫、東寿太夫がそれぞれのトップです。
そして、人形遣いの劇団が劇場開設時から構想されていて、今は「鹿角座」と名乗っています。

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今年の上演はもっとも頻繁に上演される「能勢三番叟」から。これがないと始まらないという感じです。地元の学校の先生が詞章を書かれたと聞いています。
人形は二体で、文楽とは違って男女の人形です。いつもはおとなの人形をおとなが遣うのですが、今回は小ぶりのものを小学校5年生と4年生の女の子が主遣いとなって見事に遣っていました。
そして鶴澤清志郎さんと望月太明蔵社中の作曲された三味線と小鼓による組曲。「一寸鳥渡(ぴっとぺっと)」。能勢の方言で「少し」「わずか」という意味だそうです。
次に人形が入って、

    傾城阿波の鳴門

おなじみの「順礼歌」です(この上演では「巡礼歌」と表記されていました)。
おつるの人形を遣った中学3年生の女の子はとても巧みで、今回の敢闘賞を差し上げたいくらいです。感情が昂っても、人形を一度に速く動かしすぎないようにしてほしいとは思いましたが、とにかく

    立派なもの

でした。
そしてこの日の最後には、私が関わった『名月乗桂木』(めいげつにのせてかつらぎ)が上演されました。
前段が「大けやき」、後段は「山路より名月峠」。後日少し書き加えたいことがありますので、ここではごく簡単に書いておきます。
長雨で不作の能勢の里。野間の大けやきにやってきた人々は、嫁と姑、夫と妻、親と子、恋人同士など。さまざまな憂いを抱えています。そのすべてが「今夜名月峠に月が出たら事態は解決する」ということで峠に向かいます。そして夜の名月峠。とても月の出る天候ではないのですが、俄に強風が吹き荒れて雲を蹴散らし、中秋の名月が現れます。一同は心を弾ませながら山を下って行きます。実に他愛ない内容です。

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