聖護院の町外れ 

文楽夏休み公演では「生写朝顔話」が出ました。しかも今回は久しぶりに

    真葛が原茶店

    岡崎隠れ家

が上演され、私は以前の上演を観ていませんので、おもしろく拝見しました。
真葛が原は今の円山公園のあたり。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての天台僧の慈円(慈鎮)が

    我が恋は松を時雨の染めかねて
        真葛が原に風騒ぐなり

と詠んだのがここだともいわれますが、固有名詞と取らずに葛の茂る原、という程度に理解しても問題はないところです。
(紅葉させるという)時雨でも、さすがに常緑の松だけは染められず、真葛が原には風がさわぎ、葛の葉は裏を見せている。それと同じように、私の恋は時雨のような涙を流して訴えてもあの人の心を変えることはできない。そして葛の葉の裏が見えるように恨みを持つばかりなのです。
・・・とでもいうことでしょうか。
慈円の歌はともかく、「朝顔話」では丸山(円山)あたりの真葛が原に設定されています。
祇園も近く、円山にあった端之寮(はしのりょう)も祐仙の言葉の中に出てきます。

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岡崎は動物園や市美術館、平安神宮などのあるあたり。本文には

    聖護院の町外れ

とあります。
宮城阿曽次郎の家は下河原といいますから、高台寺のあたりでしょうか。そこから「ほど遠からねば」(宇治川蛍狩)といっていますので、聖護院よりは南のそれこそ岡崎の動物園とか美術館のあたりとか、そのあたりに秋月弓之助の隠れ家はあったのでしょうか。

鴨川の東、東大路と丸太町通が交差するところに熊野神社があります。その少し東に、私にとっては思い出の場所があります。長らく加わっていた研究会の宴会がしばしば聖護院の御殿荘や河道屋養老でおこなっていました。宴会のあとは東大路に出て「からふね屋 熊野店」でコーヒーでした。聖護院というとまずこのあたりを思い出してしまいます(笑)。

それはともかく、この岡崎の隠れ家で萩の祐仙が宮城阿曽次郎を騙って深雪と結婚しようという企てがおこなわれます。
あっさりと弓之助に見あらわされてしまいますが、ここの祐仙の様子が後の

    笑ひ薬

にもつながります。もう二度と観る機会はないこの段ですから、それなりに楽しませていただきました。

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