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送り提灯 

歌舞伎三味線(竹本)の野澤松也さんの節付けによる拙作『灯りなし蕎麦屋』『送り提灯』が先月26日に松也さんのご自宅で初演されました。
書籍編集者をなさっている方のご紹介だったのですが、松也さんは東京都墨田区に伝わる、いわゆる

     本所七不思議

の話を短い浄瑠璃風の作品にしてすべて語りたいというご希望だったのです。すでにご自身で二つ作っていらっしゃいますので、あと5つ6つの作品が書けます(七不思議といっても実際はそれ以上伝わっています)。
文字通りの拙作で、あまり上出来とはいえないのですが、とにかく上記の『灯りなし蕎麦屋』『送り提灯』の二作ともうひとつ『送り拍子木』をお送りしましたら、まず二作を上演してくださったのでした。さらに『送り拍子木』も作曲が終わって、近く上演してくださるそうです。
そこで、どういうものなのかをここに書き留めておきます。
今日はまず

     『送り提灯』

です。この奇談はおよそ次のように伝えられるものです。
提灯を持たないで歩いている人の前に、灯りが見え、これはありがたいと思って近づくとその灯りが消え、また灯りが見えるので近づくと消えるのです。
これをどこまで生かして創作するか、習作としてとりあえず書き始めたのです。あいにく最後の部分が言葉の洒落のような感じで自分としては今ひとつなのですが、そこはもう松也さんの技によってカバーしていただくほかはありません。

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枝よりもあだに散りにし桜花。惜しむ心は押上の月もいざよふ黄昏の道は子ゆえの闇路かや。
前田右京の馳走に預かり、酔の足取り三枝金吾。中間友平先に立ち、
「旦那様、今宵は思ひもかけず遅うなりました。差し出がましいことながら、このところの前田様、御酒をお過ごしではござりませぬか」
「いかさま。がしかし、右京殿のお心もわからぬではない」
「ではやはり、あの、ご息女様の」
「さうさ。奔走子とも掌中の珠ともいとしがられたお絹殿をあのやうな目に遭はされては、右京殿とてお心は惑ふといふもの」
「その奔走子様がどうしてまたそのやうに」
「さればよ、睦月晦日のたそかれに、筝曲のお師匠殿よりお呼びがあり、供も連れずにふいとお出かけ。そのままとんとお帰りなく、一家総出でお探しすれば、田中稲荷の境内に、かはいや、なぶり殺しにされてござつた。お師匠殿の呼び出しといふも偽り。あの美しい娘御に目のくらんだ不届き者の仕業であらう」
「せめて下手人なりともわかりますれば」
「む、それよ。いぶかしきはこの土地のならず者、権六、竹蔵、八兵衛といふ者ども。されどたしかな証拠もなく、問い質せども知らぬ存ぜぬ。闇から闇の迷ひ道に入つた。ああ、とつぷりと日も暮れた。友平、そなた提灯は持たぬのか」
「あ、いや、申し訳もござりませぬ。よもやこれほど遅なはるとは。前田様に戻つてお借りして参りませう」
「いや、それには及ばぬ。弥生望月この影をしるべにすれば南無妙法蓮華の法の恩を受く」
とひたひた歩む法恩寺。その南門にさしかかる。
花に清香、月に陰。深まる闇に足元のおぼつかなさにうち悩む。先にぼんやり薄灯り。友平嬉しく、
「旦那様。あれご覧じませ。誰やら先を行く者が提灯かざしてござりまする」
「さらば追いつき同道せん」
と、すたすたすた。足を速めて友平が親しき声をそつと掛け、
「もし。あ、これは若いお女中。この暗がりをお一人でお帰りなさるか。ああ、いや、われら怪しいものではござりませぬ。こちらは徒組頭(かちぐみがしら)の三枝様。灯りを持たず、難渋しておりまする。両国橋から柳橋越え。お前様も若い身空で無用心な夜歩き。中途まででも連れにならば、定めて相身互ひ」
と問へども何のいらへなく、真白きうなじほの見えて、足音もなく歩みゆく。
「これ、お女中。気に入らぬかは知らねども、返答ひとつできませぬか」
「いや待て、友平。いたはしや、この娘御は、ものが言えぬのであらう。何、恐れて逃げる様子もなし。ついて行かう」
と二歩三歩。四方の木々にそよぐ風。しばし歩めば、提灯の灯りもろとも娘の姿、ふつと消えぬる怪しさに、
「旦那様。こりや、むじなか野干のしわざでは」
「むう、いかにも不審。やあ、友平、あれを見よ。半町先にあの灯り。追うてみやう」
と駆け寄れば、やつぱりさつきの提灯、娘。金吾、友平、息を詰め、跡を慕へば、また消ゆる。消えては離れ、離れてはともる提灯追ふうちに、たどりついたは大川の流れも近き御竹蔵。息せき来たる三枝金吾。やをら娘は振り返り、につと笑うて一礼し、泡の消えたるごとくにて、提灯ひとつ置き去りに、二度と姿は見せざりき。
金吾、小首を傾けて、
「今の笑顔の芳(かぐは)しさ。どうやらどこかで見たような。おお、それよ、この提灯に明らかな花橘の紋と言ひ、あれこそ前田右京殿のご息女、お絹殿」
「すりや、この世に恨みを晴らすため」
「いやいや、それなら下手人なにがしの前に姿を現さん。何か告げたきことあつて、我らをここまで導きし。むむ、友平、ここは一体、どこぢやな」
「御竹蔵にござります」
「御竹蔵。御竹蔵、お、竹、蔵。それ見よ、竹蔵(たけぞう)と読めるぢやないか」
「それではお絹様をあやめしは」
「ならず者の竹蔵に極まつた。友平、ご苦労ながら今すぐに前田様まで駆け戻り、事の子細をお知らせし、かの竹蔵をひつ捕らえん。我もおつつけ参るべし」
「しからばお先に、ひと走り」
と、駆け行く友平見送りて、送り提灯、形見の灯り。妙法蓮華の法恩を受けてはるかに照らす道。飛ぶがごとくに。

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