灯りなし蕎麦屋 

野澤松也さんに作曲、上演していただいた創作浄瑠璃、二つ目にご紹介するのは

    『灯りなし蕎麦屋』

です。
これも本所七不思議によるもので、基になっているのは次のような伝承です。

江戸本所の南割下水のあたりには屋台の蕎麦屋が出たが、そのなかのひとつの屋台は行燈の灯が消えたままで、店の主人もいない。おせっかいをして灯をつけると不幸に見舞われる。

この話は狸の仕業という伝承もあるのだそうで、それを生かして次のようなものを書きました。
『送り提灯』を読んでくださった方はお気づきの通り、完全な

    江戸弁

で、義太夫節は上方のもの、という常識からは外れています。この作品も同じで、登場人物はすべて江戸っ子、言葉も江戸の訛りで書いています。ただし、私は、江戸弁はできませんので、想像で書いています。「おいらたちゃー、こんな言い方はしねえぜ」とお叱りを受けるかもしれません。

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それ狐狸は神妙(しんべう)にして人を欺けど、その故(ゆゑ)を尋ぬれば、必定、人に過怠あらん。
夜風しきりの神無月。空十五夜の冴え冴えと本所南の割下水。花も紅葉もなけれども千歳、松花、葉沢橋。青芽、若葉は弥生(いやおひ)に今日九重に匂ふらむ。
所の大工、清五郎。鼻歌交じりの独り者。二八蕎麦屋を目に留めて
「おう、親仁。一杯つけてくんねえ。凍える身にはあつたけえ(温かい)のが何よりのご馳走だ」
「あいよ。兄さん、今夜はご機嫌だね」
「わかるかい。土岐様のお屋敷の中間部屋で丁半のご開帳。懐はちよいとあつたまつた。あとはそれ、腹ばつかりが冷えていけねえ」
「博打もいいが、てえげえにしねえと今度は身ぐるみはがれちまいますぜ」
「親仁の説教、大きな世話だ。ハハハ。時に、長岡町の角(かど)で丸に源の字の蕎麦屋があつたが、様子を見ても誰もいねえし、第一、看板提灯が消えたままだつた。ありや、おめえの知り合いかい」
「丸に源。さいですか。今夜は長岡町に出ましたか」
「へつ、出ましたか、つて、幽霊ぢやあるめえし」
「いや、お若えの、その幽霊でござんすよ」
「そりやまたどういうこつたい」
「いえね、この界隈で屋台を引いた源吉つてえ父(とつ)つんが、患ひひとつなかつたのに、この月初めにぽつくりいつちまつた。もうあの屋台を見ることもねえな、と思つてゐたら、次の夜には青芽橋のあたり、その次には今井様の塀の前、またその次は千歳橋、と毎晩あの屋台が出ましてね。で、いつのまにか姿が失せる。必ず提灯は消えていて、誰言ふとなく、灯り無し蕎麦屋、と気味悪がられてまさあ。あるとき蕎麦屋仲間が提灯に灯を入れてやらうとお節介。するてえと、そいつの長屋からぼやが出た。またほかの仲間が同じやうにすると、今度はそいつが可愛がつてた犬が死んじまつた。それからはもう、誰もあの屋台には近づかねえんでさ」
「おいおい、この寒空に幽霊かい。狐か狸の仕業じやねえのか」
「そうかもしれませんがね。そうそう、それで思い出した。このところ食ひ物がねえのか、このあたりにも狸が出て来ちやあ、何かあさろうとする。この間も親子と見える狸がうろうろ、蕎麦にたぬきはつきものだが、あんまり厄介なんで・・。へい、お待ち遠」
と、話、きりきり切り上げて。手馴れし技の蕎麦切りを渡せば受け取る折からに、ひたひたひたと足音は二十五六の女房風情。様子うかがひ、立ち止まり、
「お寒うござんす。私にも一杯お願いいたします」
「へい」
「こりや、ご新造さん、まあ、こつちへ寄んねえ。人が寄りやあ、それだけでも暖つたけえ。で、親仁。その狸があんまり厄介だから・・何だって」
「ああ、いえね、面倒なんで、これこれ、この杓で親狸の眉間をこつんとお仕置き」
「そりや狸もしゃくに障る、つてな。へへへ。聞こえた、その源吉つてえ父(とつ)つあんも、狸をお仕置。それで狸公(たぬこう)が屋台に化けて出てくるんぢやねえのか」
「そりや、図星かも」
と語らへば、かたへの新造、声を掛け、
「いいえ、源吉様はそんなお方ぢやござんせん」
「おめえさん、知ってんのんかい、その父(とつ)つあん」
「はい。源吉様は大の恩人。と申しますにはわけがある。ことの様子はかういふこと。お聞きなされてくださりませ」
と語り出させば月影は雲に隠るる暗まぎれ。
「本所と言へばもとは辺鄙な片田舎。が、次々にお大名の下屋敷が建ち、上屋敷までお移りになる。けものどもは追いやられ、食べものとてもままならず。あるとき狸の親子連れ、ふらふらとこの界隈に迷い込み、あの源吉様のお店の前。ものほしげな子狸をご覧になつて、いささかも哀れにおぼしめされたか、人に見つかりや難儀もあろと、灯りを消してやさしげに『狸汁などといつて、わしら人間はおめえたちの仲間を食つてしまうこともある。かわいそうだが、人もまた食はずに生きてはいけぬもの。おめえたちとて子ネズミ捕らへて食らふこともあらうがな。が、今宵ばかりはその供養。生き物同士相身互ひ。遠慮はいらぬ』とにつこりと握り飯をふたつに分け、お恵みなされてくださりました。狸の親子は喜んで、肩を揉むやらさするやら。それですつかりうちとけて、次の日もまた源吉様は蕎麦の残りをお恵みなさる、狸は山から枯れ木を運ぶ。それが二十日も続きましたか。源吉様のご最期を聞いた狸の目に涙。『あの蕎麦屋様がまた見たい』と子狸がねだります。お前様方お察しの通り、あの灯り無し蕎麦屋は源吉様を偲ぶため、狸の仕業でござります。灯りを消したは源吉様とのお約束」
と語る言葉のひとつづつ真に迫りし有様に、清五郎はいぶかしく、
「はて面妖な、ご新造さん。おめえ、やけに詳しいねえ」
と、じつと見やれば八の字眼(まなこ)、鼻まろやかな狸顔。薄気味悪く清五郎、背筋も凍る折こそあれ、雲間を出でて望月の光さやかに女の顔、照らすを覗いて清五郎びつくり。
「ご新造さん、おめえ、眉間に傷があるね・・」

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