送り拍子木 

本所七不思議には『送り拍子木』という伝承もあります。

本所の割下水のあたりで夜回りをしていると、後ろから自分が打った拍子木の音とよく似た拍子木が聞こえてくる。しかし後ろには誰もいない。

簡単に申しますと以上のような内容です。

拍子木の音が何かに反響しているだけのかもしれませんが、こういうこともまた「七不思議」に数えられるわけです。
この伝承を用いて何か短い物語ができないだろうかと考えました。前回ご紹介した『灯りなし蕎麦屋』は「狸が食べるものに困って里に出てきて、それに施しをする蕎麦屋のおやじ」を素材にしたのでしたが、実は現代の、山から下りてきて食害をもたらす熊や鹿の問題を念頭に置いて書いたのでした。というより、動物たちが、食べ物がなくなって山から下りてきただけなのに、食害と言われて追われる不条理を書き込みたかったのです。
今回ご紹介する『送り拍子木』も弱者に対して非道なふるまいをする人間を登場させました。やはり

    現代の浄瑠璃

なので、現代社会を意識したいという思いがあるからです。弱者に容赦なく攻撃する非道きわまりない輩は今なおあちこちにいるのです。しかも、非道であってはならないはずの、いわゆる社会的地位の高い人にいるから困るのです。しいたげられる人の立場をいくらかは分かるつもりですので、こういうことはこれからも遠慮なく書いていきます。

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ちはやぶる神無月、早(はや)うち過ぎて、霜降る月となる音は、本所入江の時の鐘。刻む五つは宵の闇。畳職人辰兵衛が急ぐ家路の向こうより腰の提灯ゆらゆらと
「火の用心」
チョン、チョン
「火の用心、いいかね」
チョン、チョン
と夜回りの声、拍子木に、辰兵衛どうやらいぶかしく
「声は幼し、柝(き)もぎこちねぇ。この町の番太郎、弥五郎の父っつあんが亡くなって、このところ夜回りする者はなかったはず。狐、狸の仕業か」
と、恐る恐るも人影をじっと見据えて
「もし、夜回りの。おめぇさん、どなたですかい」
と問へば、夜回り、声落とし、
「辰兵衛のおじさんか」
「やぁ、三吉じゃねぇか。そうか、お父つあんの代わりにそうやって形見の拍子木持って『火の用心』か。弥五郎の父つあんとは少し音色が違うが、いや、なかなか胴に入ったもんだ。おっと、あとさきになったが、悔やみを言おう。お父つあんは気の毒なことをした。それにしても何の罪もない者を無残なまでに殴り殺すたあ、許せねえや。どうせ酔っ払ぇの浅黄裏か、たちの悪いならず者のしわざだろうよ。その供養のためと思う心はおめぇも江戸っ子。だが、まだ小せぇんだから早く帰って休んだほうがいいんじゃねえか」
「いや、おじさん。おいらももう十二になった。十二といえばもう大人。煙草も吸うし、酒も・・舐めたことはある。お父つあんがあんな目に遭ったからには、これからはおいらが番太。夜回りをして、鼻紙や八里半まで商って、お母さんを助けてやる」
「なんと、けなげなことを言うじゃねぇか」
「時におじさん、さっき、おいらの拍子木はお父つあんと音色が違うと言ったが、どこがどう違うんです」
「ああ、弥五郎の父つあんはな、チョン、チョン、じゃなくてな、カ、チョン、チョン、と、最初に小さな音が入る癖があったんだ。だからあれを聴くと、ああ父つあんの音だ、とすぐにわかったものさ。おっと、いつまでも立ち話しちゃいけねえな。おめぇもとにかく気をつけて、早仕舞いして帰(けぇ)んなよ」
「おう、気をつけて回ります」
と、別れの際ににっこりと崩す相好あどけなく。鼻のほくろは父親のこれも形見といじらしし。
仲冬の空冴え冴えと、鼓(つづみ)の星を追いかくる青白星(あおじろぼし)のきらめきは親を慕へる子の涙。やすかたと鳴くばかりなり。
「火の用心、いいかねぇ」
チョン、チョン。
「火の用心。火の用心。ああ、拍子木持つ手も冷えてきた。心細いし、小腹もすいた、あったけぇ焼き芋が食いてぇな。お父つあんは毎晩こんな思いをしてお母さんやおいらのために。そんな、そんな大事なお父つあんをどこのどいつがあんな目に。もしまたそいつが出てきたら、この三吉が許さねぇ。きっと仇をとってやる」
と、寒さ紛らす強がりの言葉の角の横道よりぬっと出でたる大男。三吉の襟首むんずと掴み、
「やい小僧、てめぇ何と言いやがった。もしまたそいつが出てきたら、さ、そのあとなんとぬかした」
と、土を揺るがす乙声に怖じぬ三吉、腹を据え、
「だ、誰だ、おめぇは、離しゃがれ」
「けっ、生意気な小僧だ。ちょいと物陰で聞いていたらどうやらこのあいだの番太郎のせがれらしいな」
「それじゃあ、おめぇは」
「そうよ、てめぇの親父に引導渡した仙助上人様だ」
「お父つあんに恨みでもあったのか」
「いや、何の恨みもありゃしねぇ。あの日は博打の目が出ずに、むしゃくしゃ抱えて帰り道。犬でもいたらぶちのめそうと思うところにてめぇの親父。こりゃいいカモだと後ろから力一杯殴ったらよろけて地面に突っ伏した。あとは頭を踏みつけ、踏みつけ、三度か五度か、いやほんの十度ばかり。ハハハ。それでどうやらお陀仏」
と、人にもあらぬ悪態に、三吉怒りの眼(まなこ)を広げ、
「やい、仙助野郎。おめぇそれでも人の子か。お父つあんは犬じゃない。お父つあんは犬じゃない。犬じゃない、犬じゃない。お父つあんは、お父つあんは、お父つあんだい」
と、あふるる涙、もがく身は子の真実と見えにけり。
「へへへ。そうか、それほど親父が恋しいか。いいとも、それじゃ、てめぇもこの横川を三途の川としゃれこんで、あとは閻魔に掛け合って、親父に会わせてもらうがいい。三日続いた大雨で川水増したが大きな幸い。覚悟しゃがれ」
と、三吉の首ぎりぎりと締め付くる。
もがく三吉、相手は大物。力及ばず朦朧と気は遠ざかるかなたより、
カ、チョン、チョン
カ、チョン、チョン
と、しじまに響(とよ)むその声は平沙の善知鳥、三吉に命を送る送り拍子木。
聴いて仙助、手を離し、
「ありゃ何だ。この界隈に夜回りはほかに一人もあるはずが」
カ、チョン、チョン
カ、チョン、チョン
近づく音に三吉は息吹き返し、
「あの音は、あの音色は、お父つあんだ」
「何。すりゃあの親仁めの魂が宙宇に迷って今ここに拍子木持って現れたか。おのれ化け物、消え失(う)しょう」
と、思慮分別もあらばこそ、あたりかまわず石礫、投げても投げても止まぬ音。
カ、チョン、チョン
髪振り乱して仙助は、
カ、チョン、チョン
よろぼひ、よろぼひ、駆けめぐり、
カ、チョン、チョン
足滑らせて横川の土手を転げて真っ逆様、濁る川水、濁る世の報いとこそは見えにけれ。
あとに三吉、涙をぬぐい、
「お父つあんよぉ、お父つあんよぉ」
と慕う心に、拍子木は音色やさしく、
カ、チョン、チョン
カ、チョン、チョン
と遠ざかり、夜の帳は下りにけり。

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