なつやすみの遠足(3) 

遠足はまだまだ続きます。
この話は以前にも書いたことがあるのですが、宇治市の木幡小学校は藤原道長が建てた

    浄妙寺

という寺の跡だと考えられています。

木幡小学校8月28日
↑木幡小学校(浄妙寺跡)

この付近の山側にはかつて藤原氏の墓所があったらしいのです。道長がこの寺を建てたときの願文(趣意書のようなもの)が残っていますが、それによると、彼は若い頃にこのあたりにきたとき、見えるのは月や花だけ、聞こえるのは猿や鳥の鳴き声だけで、「法音」(たとえば読経の声)などいっさい聞こえないことを嘆いたといいます。そして自分が栄達した暁にはここに寺を建てようと思ったというのです。安倍晴明らに場所を占わせて、川の北側の平地に建てることにしました。川というのは、今とは流路が少し違っているようですが、

    堂の川

のことのようです。

堂の川8月28日
↑現在の堂の川(木幡小学校からすぐ)

建立された三昧堂の供養は寛弘二年十月十九日におこなわれました。道長が香に火をつけることになりました。そのとき彼は「もし早く火がついたら喜びとし、遅くついても恨みません」と釈迦や普賢菩薩に念じて火打石を打つと、一度で火がついたのです。一同随喜の涙を流したとか。また僧が法螺貝を吹くとあまりいい音がしなかったので、道長が吹いてみると、長大な音がして、これまた人々を感動させます(道長の日記に書いてあります)。
道長はこの二年後にはすぐ横に多宝塔も建てます。

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私がここに行きたかったのは、どの程度の高さの所かを実感したかったからです。奈良街道(浄妙寺より西側を南北に走る道)からどんな具合にこの寺に、そして墓所に入っていくのか、それを感じたかったのです。
街道からはちょっとした坂道になっていて、これなら寺ができるまでの墓所はほんとうに

    寂しい所

だっただろうと思いました。
小学校の位置(つまり浄妙寺の位置)でさえいくらか高いのですが、その裏山の御蔵山はさらに高く、このあたりに墓所があると猿の声しか聞こえないというのもまんざら誇張ではないような気がしました。
今と昔では地形や周りの雰囲気が異なりますが、それでも行ってよかったと思いました。

御蔵山8月28日
↑御蔵山

ちょうど、夏休みも終わった時期で(最近は八月下旬から二学期が始まるのですね)、時間がお昼でしたので、子どもたちが一斉に帰る時間帯。校門には先生たちも見送りに出ていらっしゃり、私は邪魔にならないように、また不審者と思われないように(笑)真面目な顔をして

    浄妙寺跡

の石碑を写真に撮らせていただきました。そして御蔵山の方に上ると今は墓地になっています。そこには六体の地蔵、六地蔵が置かれていました。

六地蔵8月28日
↑六体の地蔵

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