鬼も怒る(続) 

ドナルド・キーンさんはご自身のお名前を日本語で表記するに際して、いろいろな漢字をお考えになって、日本のゆかしい地名をうまく当てはめられたのだろうと思います。東と西のバランスもよく、しかもあまり都会とは言えない地名を入れてくださったのが何とも嬉しいです。「鬼が怒鳴る門」などと大変失礼なことを申してしまいました。
鬼怒川は、もともとは「毛野川」(『常陸国風土記』に「毛野河」という表記がある)とか「絹川」とか「衣川」とか、さまざまに書かれていたのが、近代になって鬼怒川の字が当てられたようです。
音としては、本来は「けの川」だったのでしょうか。
栃木県は

    「毛の国」(下野=下つ毛)

ですから、そんな呼び方があって、それが「きぬがわ」というきれいな名前にかわっていったのかもしれません。「絹川」「衣川」だと何とも優美な流れの川という印象を持ちますが、にもかかわらず、鬼が怒るという文字を当てた人がいるのですね。
今回ばかりはほんとうに

    鬼が怒っている

ような気がしました。
いったい何に対して怒っているのかは分かりませんが、自然は時々人間にこういう形で警句を吐くような気がします。

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文楽の「瓜子姫とあまんじゃく」で、杣の権六が山父に出会った時、権六がたわめていた木の枝が跳ね返って山父の顔に当たります。その時、山父はびっくりしてこう言います。
「われたち人間はときどき

    思ってもおらんこと

をやりよるで、かなわん」。
たしかに人間は自分自身も気がつかないうちに「思ってもおらん」ようなことをしているように思います。自然がそれに対して、今度は人間が「思ってもおらん」ようなことで仕返しをしてくる。
一方的に自然が恐ろしいのではなく、人間もまた恐ろしいことをしているのではないか。そのことに人間は気がつかないと自然の警句を生かせないのではないでしょうか。
人間が気がつかない恐ろしいこと、あるいはそれを

    文明

と呼ぶのかもしれません。
日本人は昔から自然とともに生きてきました。けっして自然と対決するのではなく自然に包まれるようにして。
福島の原発、御嶽山、そして鬼怒川。自然は恐ろしい、というだけではなく、人間が自身を顧みる機会だと思います。

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