おいしい 

私は味があまりわかりません。食べるものは「質より量」で育ってきましたので、味なんてどっちでもいい、というところもありました。
いまはドレッシングだけでも何種類もありますが、私の子供時代、家ではマヨネーズだけだったかも。醤油もソースも2種類ずつ。薄口醤油と濃口醤油、ウスターソースとトンカツソース。納豆なんて醤油をかけて食べるものでした。
ですから、舌が鍛えられなかったのかもしれませんし、そもそもそういう繊細な味わいの理解できるセンスがないのだと思います。
おいしいという感覚はそれでもなかったわけではありません。
この秋には食物関係の本も読んだのですが、その中には「おいしさ」に関するものもありました。

    やみつきのおいしさ

というものがあります。私の場合はうどんやせんべいの味。これはもう無条件においしいものです。説明のしようがないくらいなのですが、せんべいのあの歯触りと醤油の香りと辛さ、甘さ。たまりません。うどんの弾力やダシ、薄めの醤油。飽きることがありません。ケーキという方もいらっしゃるでしょう。あるいはラーメンとか、ギョウザとか。
文化の持つ味というのもあります。いわゆる

    「おふくろの味」

というのがそれに当たるだろうと思います。家でないと味わえないもの。海外に行って和食にめぐり合えた時のうれしさも同じかも知れません。多少まずくても、和食でさえあればおいしい、という感じ。

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生理的な欲求が感じさせてくれるおいしさもあります。運動会で走り回ってお腹がペコペコになったとき、さあ昼ご飯だというので持参のおにぎりをほおばったときのおいしさ。運動会という「文化のおいしさ」もあると思いますが。凍えそうな時に差し出された温かい紅茶。砂漠でさまよったときにオアシスを見つけて口にした水。甘露でしょう。
もうひとつ、情報が伝えてくれるおいしさもあります。私は一度だけ

    貴腐ワイン

をおごってもらったことがあります。口にした瞬間、それまでに飲んだワインとはまるで違う味わいに感動したのですが、それに加えて「これは高価な貴腐ワインです」という情報が味を引き立ててくれるということもあります。行列の出来る店で買ってきたロールケーキ。テレビで紹介された寿司屋。私は行列に並ぶのが苦手なのでまずそういうところには行きませんが、近くの有名な

    サンドイッチの店

がたまたま行列になっていなかった時に買ったことがあります。私が買って帰ろうとしたら店の外なやはり何人も並んでいました。そのサンドイッチはある方に食べてもらうためのものだったのですが、つい「有名な店なんです」と口走ってしまい、その人に「おいしい」と無理に言わせたような気がします。ただ、そういう情報を与えることで期待が高まっておいしさを感じることもあるかな、とは思います。もちろん期待はずれで逆効果になることもありますが。
レストランのディスプレイもきれいなものだとおいしそうな情報を伝えます。包装紙、そこに印刷されている著名人の推薦の言葉、そんなものも味に影響する可能性があります。賞味期限の日付でさえ味に関わります。期限切れだと何となく「まずいんじゃないか」と思ったりして。
食べるものは安全で栄養のあることが重要。しかしさまざまなおいしさも忘れるわけにはいかない、と味オンチの私が申します。

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