やまとなでしこ 

秋の七草のひとつには撫子(なでしこ)もあります。

  河原撫子(かはらなでしこ) 野石竹(のせきちく)

というと歌舞伎『外郎売』ですが、石竹(せきちく)は唐撫子の異名。それに対して「撫子」があります。『枕草子』「草の花は」の段では「草の花は、なでしこ。唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」と言っています。唐撫子はいうまでもなく、大和撫子もまたすばらしい、と褒めているのです(以下、和歌は『源氏物語』のもの以外は『古今和歌集』から)。

  我のみやあはれと思はむ
   きりぎりす鳴く夕影の大和撫子


素性法師の歌です。自分だけが心惹かれるのか、コオロギが鳴く夕日に映える大和撫子を。キリギリスは今のコオロギのことだと言われます。「なでしこ」は「撫でし子」、かわいがった子。それが語源かどうかは厳密には分かりませんが、少なくともそういう理解で歌が詠まれたことは間違いありません。子やいとしい女性をこの花に喩えるのです。
『源氏物語』「帚木(ははきぎ)」の巻によると、夕顔と呼ばれる女性は頭中将(とうのちゅうじょう)との間に娘(後の「玉鬘」)をもうけますが、頭中将の妻の家から嫌がらせを受け、せめてこの子だけは、大事にしてほしいという願いを歌に託して頭中将に贈ります。

  山がつの垣ほ荒るとも
   折々にあはれはかけよ撫子の露


この撫子=娘にだけは折に触れて情けをかけてほしい、というのです。この夕顔は「常夏の女」とも呼ばれます。「常夏」は、当時は撫子の異名でした。撫子=常夏を持つ女というわけです。
頭中将は結局夕顔とも娘とも一緒に暮らすことなく離ればなれになり、光源氏がこの夕顔と偶然出会います。そして夕顔は光源氏との逢瀬の途中で頓死し、後年、光源氏はその撫子の娘とこれまた偶然出会うことになるのです。

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『古今集』の中で撫子を詠んだ歌としてもっとも有名なのは

  あな恋し今も見てしか
   山がつの垣ほに咲ける大和撫子


だろうと思います。ああ恋しい、今すぐにでも会いたい。山に住む人の家の垣に咲いている大和撫子のような人に。狂おしいばかりの恋心です。いとしい女性を無粋な山がつ(木こりなど)の垣根に咲く可憐な花として表現しています。
昨今、なでしこというと

    サッカー選手

になります。シャクヤク、ボタン、ユリもそうですが、やはり日本人の美しい女性をたとえるにはふさわしい花ということでそういう愛称がついたのでしょう。サッカーというかなり激しい運動をする女性たちでありながら、日本的な美を持つ(いわば日本文化としてのサッカーなのだとでもいうような)のが代表選手なのだ、と考えた人がつけたのでしょうか?
大和撫子のような女性、というと、控えめで、おしとやかで、楚々としているというイメージが作られてきましたが、今の若い女性たちも私から見るとこういうイメージそのものです。えっ? とおっしゃる方もあるでしょうが、やはり特に海外の女性と比べると、そんな気がします。学生たちの話を聞いていても、やはりみんな大和撫子だな、と思うことがしばしばあるのです。

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