戦争が壊す文化 

このテーマについては以前もどこかで書いたかもしれませんが、15回の私の授業の中でこの話は必ず1回は出てくるので、性懲りもなくまた書いておきます。
学生に源氏物語の話をする時には、谷崎潤一郎の最初の現代語訳が出版されるとき、時勢(戦争直前)にかんがみて藤壷中宮と光源氏(義理の母子)の密通事件を省いたことなどを伝えます。
検閲に遭って無理に省かれるのも許せませんが、検閲に遭っても大丈夫なようにあらかじめ省いておくというのも恐ろしい話です。

    言論統制

ということが今でもいわれます。恐ろしいのは言ったことについてクレームを付けてくる政治家ですが、もっと恐ろしいのはクレームを恐れて何も言わないマスメディアなどです。いえ、マスメディアにかぎりません。一般人だってありうることです。谷崎源氏という、文学の世界にだってあったのですから。

    傲慢

にも、テレビ局に「こういう人物を出演させるな」と平気な顔をしていってくる政治家、直接テレビ局にいわず、スポンサーに圧力をかけて間接的にテレビ局を追い込もうとする政治家がいるやに聞いています。
この傲慢さを許し、支持までする市民も多いわけですが、いったいどういうことなのか、私には理解不能です。

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ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」もナポレオン軍などの被害に遭いました。第二次大戦でもあわやこの壁画は消滅するかも知れない、というところまでいったのです。姫路の空襲では白鷺城も灰燼に帰した可能性があったわけです。ISと名乗る集団は今も世界遺産などを破壊しているようです。
人間は文化を築くことで人間として生きているのです。それを破壊するのが戦争であるなら、人の命を奪うことと同じほどの深刻さとして文化破壊を問題視しなければならないはずです。
ある学生が「谷崎源氏の話に驚きました。でも、戦争でどれほどの命が奪われるかは習っても、こういう話は

    日本史の授業

では教わりません」と指摘していました。
こういう話になると授業が熱くなります。学生の視線も違ってきます。「私にも言わせろ」という目になってきます。
パワハラの話をすることもあります。これは「生涯学習を阻害するもの」という観点から話すのですが、大学の教師が就職をちらつかせながら嫌がらせをするなどということがあるなら、それは戦争が文化を破壊するのと同じくらいひどい意味で人間が犯す

    自己矛盾

ではないかと思います。大学の教師は文化を知り、みつめ、育てて未来につなげるべく仕事をしているのに、まるで逆のことをしているのではないか。これも学生の反応は顕著です。
特に幼児教育の学生には「スクールハラスメント」などショックですらあるようです。「戦争」は「権力」の比喩でもあります。私はやはり戦争と権力が苦手です。

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コメント

すでに・・・

先日図書館でふと「NHK鉄の沈黙は誰のために」という本が目にとまったので借りて帰りました。

従軍慰安婦に関する深夜番組について、放送前に若手政治家から圧力を受けた事件を、当時のチーフプロデュサーが詳細に著したものです。若手政治家の中心メンバーはいまの総理大臣です。読んで寒気がしました。

♪やたけたの熊さん

今日の授業で、熊さんのおっしゃったことを話しました。やはり怖い話だというがうせいが多かったように思います。

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