護法(2) 

信貴山の命蓮は山から降りずに帝の病気平癒のために祈祷するというのですが、それでは仮に帝が回復したとしても命蓮の祈祷のおかげかどうかはわかりません。そのことを六位蔵人が言いますと、「ご病気が治ればそんなことはどちらでもいいではありませんか。でも、もしどうしても私のしたことだと知りたいとおっしゃるなら、証拠を見せます。私は「剣の護法」を遣わして帝のご病気を治しますので、帝が

    夢か幻に

剣を編んで身体につけた護法の姿をご覧になりましたら、私のしたことだと思ってください」というのです。
彼は別に自分の名誉などどちらでもよく、世俗的な欲望はない人なので、褒美が欲しいわけではないのです。
えらいですね。私を初めとした凡人ならば「私がやりました!」と言いたくなるはずなのですが、この人はそんなことは超越してしまっているのです。
勅使は仕方なく帰ります。そのことを報告すると、とりあえず様子を見ようということになります。
三日ほどすると、帝の夢の中になにやら

    きらめくもの

が見えるのです。それが護法だったのです。
それを見たあと、帝の体調は「さはさはと」よくなった、と『信貴山縁起絵巻』の詞書には記されています。「さは」はあえて漢字を当てるなら「爽」でしょう。すっかりさわやかに回復したということです。

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剣の護法のいでたちは、髪を垂らした童子形で、身体には剣をいくつも編んだ衣を着て、右手にはやはり剣を持ち、左手には索(さく)を持っています。「索」は縄ですね。「羂索」(観音が持っている)「金剛索」(不動明王が持っている)などがあります。
そして

    輪宝

が先導するように激しく回転しています。
輪宝はインドの転輪聖王の持っていた七宝のひとつで、車輪の八本の輻(や)が突き出た形をしているものです。輻は自転車の車輪のスポークにあたるものです。これがぐるぐる廻っている様子が描かれていて、いかにも猛烈な勢いで迫ってくるようです。護法の髪も、身につけている剣も、左手にしっかり握っている索も後ろになびいています。
『信貴山縁起絵巻』の山場と言ってもよいと思います。

剣の護法
↑剣の護法

普通絵巻物は右から左へと動きがあるのです(右へ右へと巻いて鑑賞するものですから当然そういう向きになります)。ところがこの護法は左から右へやってきます。まずその姿が描かれ、そのあとに彼がやって来た道筋が飛行機雲のように続くのです。それだけにこの護法の登場は強烈な印象を与えます。人間ではないものが凄まじい勢いでやって来た、という感じがよく出ていると思います。
感激した帝は褒美を与えるためにまた使者を信貴山に送るのですが、命蓮はほとんど

    無反応

です。勢い込んで「何か望みのものはありますか?」と尋ねても「別に」と、にべもしゃしゃりも納戸口です。
こういう名場面をいよいよ講座で読むことになります。

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