神農祭 

大阪の「とめの祭」つまり一年納めお祭(一年の始まりが十日戎)が神農祭です。
道修町は申すまでもなく薬の町。武田も藤沢も塩野義も改元も。ちょっと離れていますが正露丸もご近所です。
今は合併や本社機能の移転などでずいぶん変わりましたが、それでも大小の医薬品会社、香料の会社が軒を並べていることに変わりはありません。
江戸時代の薬種問屋が様変わりをして西洋の医薬品を扱うようになり、しかし一方では漢方薬も健在。
塩野義さんは江戸時代の塩野屋に奉公してのれんわけをしてもらった人の孫である

    塩野義三郎

さんが明治時代になって設立した会社。
武田薬品はやはり江戸時代の初代近江屋長兵衞を創業者として、明治になって武田を名乗り、今も一応道修町に本社があります。
そんな町の守り神として少彦名神社(神農さん)があります。日本の薬祖神の少彦名命と中国の医薬の神様、神農氏を祀るからそう呼ばれています。
その祭が11月22,23日に行なわれました。私は文楽劇場に行く途中の朝9時半頃と、芝居のはねたあとの9時過ぎに(祭は終わって後片付け状態でした)行きました。
朝はまだ人はいないのかなと思っていたら、露店は準備中のところが多かったものの、神社はもう長蛇の列でした。
「正露丸」(大幸薬品の本社は本町)や「風邪の神様」などの

    ゆるキャラ

も出ていました。カメラを持っていませんでしたので、写真は携帯で撮っています。

神農祭3

神農祭4ゆるきゃら
↑神社前

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帰りに閉まりかけていた神社入口で撮った写真では各会社の提灯が出ていました。

神農祭5

塩野香料さんもありました。これも塩野屋の流れで塩野義の初代義三郎さんとは血縁です。
看護学科には薬に興味のある学生さんがいるかな、と思って、そんなことを帰りの電車の中で、ツイッターでつぶやいたのですが、反応はわずかでした(笑)。
神社に入る時間はありませんでしたので、そのまま堺筋に出てあとはひたすら南下。せっかくなので今から観に行く『桜鍔恨鮫鞘』のゆかりの地、

    鰻谷

にも寄りました。寄るといっても写真を撮っただけですが(笑)。

鰻谷

もうこれからは御堂筋は歩かずに(まだ言ってる)、堺筋ファンになろうかと思ったりしています。

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コメント

どて焼

神農祭は一度だけ行きました。道の両側に露店が並んで賑やかですよね。関東地方ではあまり見かけない「どて焼」とか「ピンボール」などもありました。「どて焼」は食べてみたいと思っているのですが、味付けなども判らず、なかなか勇気がでません(笑)

♪やなぎさん

今年もパチンコやスマートボールは見かけました。
大分からあげ、広島焼き、東京…なんだったか忘れました(笑)…など、各地の食べ物も。
織田作の『夫婦善哉』にも「夜店の二銭のドテ焼き」が出てきますが、肉をあまり食べない私は、あまり食指が動きません(笑)。ぜひ関西遠征なさったらお試しください。
それにしても朝からとても賑やかでした。

知らなかった・・・。

神農祭。
恥ずかしながら、初めて知りました。大阪の友人が、かつて言っていた〆のお祭りのって、これのことかな?
新嘗祭のこと?と聞いたらば、それって、何?と聞き返されたので。お話し終了と成った過去を思い出しました。

関東では、11月はハロウィンで町おこしに乗じた、コスプレ大会がクリスマスへの繋ぎ行事として、定番化しつつあります。夕方以降の乱痴気騒ぎは、低予算ホラー映画の予告編大会です。

新嘗祭、灌仏会、お大師様。
日本人として、平和的に広めたほうが良い行事は、もっとあるのでは?としみじみ感じて居ります。

神農祭を知らなかった、私が意見することが、もっとも平和的では無いことは、存じておりますが。

  • [2015/11/30 15:28]
  • URL |
  • 押し得子です。
  • [ 編集 ]
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♪押し得子さん

おそらくご友人のおっしゃっている「大阪の友人が、かつて言っていた〆のお祭り」だろうと思います。
ハロウィンは今の時代をとてもよく映しているように思っています。
こちらにある、割合に大きな町など、政治がほとんど乱痴気ハロウィンみたいなものです。
これまでともしてきた灯りを消して、パッパッパッと派手な灯りをつけて人目を引いているだけのことで、中味はカボチャのくりぬき。
そんな町で行なわれた神農祭でした。

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