尼崎の名月姫(2) 

尼崎への小遠足は尾浜八幡神社が目的地でした。
新名月橋を西に渡るとこんな看板が目に入ります。

尼崎 尾浜八幡神社

わくわくしながら神社に入りますと、人影はなく、ぽつんと社殿がありました。

尼崎 尾浜八幡神社 社殿2
↑尾浜八幡神社社殿

そして社殿に向かって右隅(北東の隅)に目当ての

    宝篋印塔

がありました。鎌倉時代の終わりのもので、もちろん名月姫の本墓ではありませんが、いつしかこれを彼女の墓と伝えるようになったようです。
残念ながら相輪(てっぺんの部分)が失われており、無残な姿です。基礎石は伏蓮華
雨ざらしですから文字も摩滅していてこのままだとぼろぼろになってしまいそうです。
横にある説明板には能勢の「藤兵衛実包」に奪われたことが記され、『摂津名所図会』の「尾浜村大日堂あり この寺は名月姫の菩提所なり」を紹介しています。

尼崎 尾浜八幡神社 伝名月姫墓3
↑尾浜宝篋印塔(伝名月姫墓)

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とても残念だったのは、すぐ横に「名月姫古蹟」という碑が建てられているのですが、これが廃材置き場になっていて、その石碑の文字もまともには見えないのです。

名月姫古跡碑

上の写真がそうなのですが、文字をさえぎるように廃材が突き出ていて、どうしようもありませんでした。この廃材が石碑に当たっているため、石碑は変色までしていました。なぜ廃棄しないのか、どうしてこういうことになっているのか、ただただ残念でした。
地元の人は名月姫をあまり大事に思っていないのだろうか、という気持ちになってしまいました。あたりには「名月」という名の店があったり、団地に「名月」の名がついていたりするのですが、たとえば

    名月姫を供養する

催しとか、中秋の名月の碑に何か行なってるとかそういうことがあるのかどうか。
近くに公園があるのですが、私は「名月公園」「名月西公園」と聞いていました。せめてその公園のプレートでも写真に撮っておこうと思ったのですが、それもありませんでした。
尼崎は近松門左衛門の墓があり(広済寺)、

    近松の町

を標榜しています。近松公園もあります。でも記念館はさびれていますし、行政がどこまで本気なのかと思うことがあります。
市内には大物もあり、また『絵本太功記』「尼崎」の舞台でもあります。何か物足りない。
そんな思いを抱きながら、またとぼとぼと阪急の駅まで歩いたのでした。

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