夕霧一家 

『源氏物語』というと、何だか夢の世界のようなイメージを持つ人が多いのです。多くの学生も最初は「光源氏という美男子がさまざまな美人と繰り広げるはでな恋愛物語」という程度の認識のようです。それだけにいろいろな話をすると「こんなことが書いてあるのか!」と驚かれることが少なくありません。
美人ばかりが出てくると思っていたら

    末摘花

のような、不美人としか言いようのない人が出てきます。光源氏はこの女性に出会った頃(光源氏18歳。今の高校2年生の年齢)はさほど熱心にはなりません。しかし、青春の蹉跌を体験して須磨、明石に流浪する生活を送ったあと、都に戻って彼女の古ぼけた屋敷の前を通った時にまざまざと思い出し、そこで彼女が今も苦しい生活をしていることを知ると精一杯の支援をし、彼女はそれなりに幸福な後半生を送るようになります。光源氏もおとなになりました。
こういう話をすると末摘花=不美人=男たちから顧みられない道化役という図式ではなく、どんなに不美人でも聡明でなくても、

    誠実に生きて

いくことで幸せは得られるものだと感じられるようになります。世の中美人ばかりじゃない、いやそれどころかそうともいえない人が大半なのです。だから美人が目立つだけ。それでは女優さんのような美人ばかりが幸せなセレブなのか、というとそんなことはない。大事なことは何なのかを末摘花の人生は教えてくれるのではないか。そんな読み方だってできると思います。

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光源氏の息子に夕霧と言われる男がいます。頭脳明晰、親譲りの美男子。さぞかし色好みで蝶々のように花から花へと飛び歩いているのだろうと思いきや、この人、実はまじめ、堅物、不器用。初恋の人と結婚したいのですが、相手は光源氏のライバルで、一時疎遠な時期があった人物です。やっと親同士が和解して夕霧もこの娘、

    雲居雁(くもゐのかり)

と結ばれます。
が、何しろ堅物で不器用ですから、なかなか他の女性とうまくやるということができない。おりしも光源氏の異母兄の娘である内親王を誰かと結婚させようという話がおこります。夕霧は密かに「自分が」とは思うのですが、「夕霧は結婚したばかりだし、真面目だから、婿としてはふさわしくない」というわけで候補から外されるありさま。この女性(女三宮)は結局夕霧の父、光源氏の妻になってしまいます。
20歳になった夕霧は子どもも次々にできて、雲居雁は所帯染みてしまい、なんだか憂鬱です。父の屋敷に行くたびに、紫の上、女三宮をはじめ、多くのすばらしい女性がいるのを

    羨ましく

思っているのです。
奥さんはそれなりにかわいくて仕事もできるのに、所帯やつれして、嫉妬深くて、あまり旦那の面倒を見なくなる。旦那は旦那で真面目に働いてはいるものの、そんな家庭に嫌気もさしていて、浮気心もいくらか持っていながら、それでは浮気するかというとそこまでの勇気はないし、そこまでもてるとも限らない。これって、平安貴族の話なの? 現代のありふれた家庭の話なの? ついそんなことを思ってしまうのです。

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