想像力 

私は日本という国を愛していますが、それは経済力や軍事力とは何の関わりもなく、日本文化を持つ国だからです。文化をないがしろにする人と一緒になって「日本はすばらしい」と叫ぶつもりはありません。また、日本文化を利用して妙な思想に誘導する類の人たちにも与することはありません。
だからこそ「文化を守る」という話をしはじめると言いたいことがいろいろ出てきます。
さすがに「これ以上はやめよう」とか「少し抑えた方がいいぞ」という節度や知恵は身についていますのでイノシシの勢いというところまではいかないのですが、いつしかヒートアップしてしることは否定しません。
ついこの間は「文化を守る」ことと

    「想像力

を働かせる」ということについて延々と語ってしまいました。
こういうことをしたら文化をダメにするのではないか、という想像力の働かない人が権力あるいは、経済力、軍事力なんて握ったら大変なことになる。一方、社会的には名もない人が、本能とさえいえそうな

    一瞬の判断

で、自分の命さえ顧みないような力を発揮して文化を守ることだってある。どちらがこの国にとって重要な人なのかは火を見るより明らかだと思います。特に困るのはカリスマに群がって、自分もカリスマもどきになったような気になって威を借るキツネたち。親分の言うことをコピーしているだけなのに一人前のことを言えた気になっている輩。そこには想像力というものがありません。

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厳島神社が台風に襲われた時、ある職員さんが流出しそうになった材木を海に入ってかき集めたという話を当時の権宮司さんがなさっていました。
この方は「これを海の藻屑としてはならない」と瞬時に想像力が働いたのだろうと思います。我が子が海に落ちたら自分の命など顧みずに飛び込んで助けようとするのが親の本能でしょう。それと同じだと思います。
そのためには

    長い修業

も大事です。身体にしみ込ませた経験が瞬時の想像力を働かせてくれるのだと思います。
私の学生たちは文化や文学の専門家になる人ではありません。それどころか、中には「この授業に興味はない、どうせ話はろくに聞いていないし、単位さえもらったらいい」という姿勢の学生もいます。
しかしどんな学生が相手でも、私はしつこいくらい彼女たちに「想像力を持った社会人になってください」と話しています。看護師さんになったり幼稚園の先生になったりするのなら、専門の知識は大事ですが、それだけではどうしようもないことが必ず起こってきます。そんなときに想像力は大事です。

    教養科目

というのは、幅広い知識を得るためのもの、と思われがちですが、私はそんなつもりで学生に話はしていません。たしかに幅広い知識を持つことは「教養」になります。しかし知識を詰め込んだところで、それはテレビのクイズ番組で賞金が稼げる程度の話です。そんな「教養」ではなく、私の授業に出てくる時は、むしろ自己の品性を鍛えるつもりでいてほしいのです。
あかん、こういうことを書いているうちに、またヒートアップしてきた・・・

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