清く、美しく 

内弟子をすると師匠の着替えから食事の世話、庭掃除やら師匠のお子さんのお守など、何でもしなければならないと聞きます。
そういうことを文句も言わずに黙々をすることが豊かな人間を創っていくのではないか。それは長い時間をかけて

    苔がむす

ようなものだろうと思います。
「君が代」という歌は知り合い(身内とか、友人とか・・)の長寿を祝う席で「これからもますますお元気で」という意味で歌われたのだろうと思います。小さな石が成長して大きな岩となり、苔がむすまで。そして人はその時間をいかに有意義に過ごすかを考えながら生きて行くのだろうと思います。師匠に「すぐに稽古してください、稽古が全てです」と訴えることも大事かもしれませんが、ほとんど修業と関係なさそうに見える掃除や子守などをすることで

    見えてくるもの

が必ずあると思うのです。
私は気分が落ち込んだりするとしばしば掃除をします。仕事場でも、見つかると何だかきまりがわるいものですから、できるだけ人のいない時間をねらって(笑)掃除をします。掃き掃除、拭き掃除、ゴミのまとめ、コピー機やプリンタの紙のセットなどなど。
落ち込まないと何もしませんから(笑)、元気にしている時は汚いままなのです。掃除をしている時はおおむね無心なのですが、時として邪念が入ることもあり、そんな時は、驕るな、内弟子の気持ちで勉強しろ・・・などと思うようにしています。することがなんでも芝居がかっているのです(笑)

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先週の土曜日の朝、雨も上がったので散歩に出ました。途中で宝塚音楽学校の裏側が見えるコースを取ったのですが、まだ8時前であったのにも関わらず、生徒さんが一人、箒で落ち葉を掃いているのが見えました。制服姿の彼女はおそらくこの日が

    「掃除当番」

だったのでしょう。すらっとした姿でいくらか水気を含んだ落ち葉を掃いている姿は何とも魅力的でした。
「音楽学校に来ているのになんでこんなことしなきゃいけないの?」という不満は微塵も感じられず、だからといって喜びながら掃除しているのでもありません。ただ無心に箒を動かしている、そんな印象を持ちました。
タカラヅカといえば

    清く正しく美しく

です。それは掃除の心でもあるようです。彼女には申し訳なかったのですが、あまりにもいい光景でしたので、しばらくじっと見てしまいました。時折、すぐそばを阪急電車が通って行きます。阪急マルーンのその姿とともに、何とも言えない清々しさを感じました。
この朝は8kmコースを歩きましたので、ちょうど1万歩くらい。そして家に帰ると、つい私も箒を取り出して落ち葉を掃き始めました。
この日の掃除は落ち込んだからではなく、あまりにも気分がさわやかになったからでした。

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