小弓と蹴鞠(5) 

長らく恋いこがれてきた人の住まいがすぐ斜め後ろにある。こういうときの心の動揺はわかるような気がします。身に覚えがある、という方も多いのではないでしょうか。私も覚えがあります(笑)。
女三宮の女房たちはちょっとだらしないのです。若くてきれいな女の子を集めているのですが、それだけにあそびも当世風の、40歳を過ぎた光源氏にはちょっとわからないようなものを好み、キャッキャと騒ぐようなところがあります。しかし光源氏は若い人だからしかたがない、とあまり咎めません。こういうところにも油断があるのです。
六条院という壮麗な邸宅、ここは

    紫の上

という光源氏の最愛の女性が中心になって秩序を保ってきたのです。紫の上はすでに30歳を過ぎており、もともと静かな人なのですが、いっそう落ち着きを増して、緊張感がありながらも柔らかな空気をこの邸宅にもたらしていました。しかし、内親王という高貴な女性である女三宮が来てからいささか乱れが感じられるのです。彼女は14〜5歳で光源氏のもとに降嫁するのですが、その年齢よりもさらに幼く見えるほどおとなになっていないのです。秩序を保持するなどとてもできるものではありません。
この日も女三宮の女房たちは御簾の際に寄って蹴鞠を観ています。「あれが頭弁(とうのべん)様だ」「こちらは大夫の君」などと贔屓の人の話をしていたかもしれません。

    色とりどりの装束

を簾の下から覗かせて、その姿も御簾越しにうっすらと見えます。
このあたりの描写は階(きざはし)に座っている柏木の目から見たようになっています。蹴鞠に夢中の男たちはそんなものを見る余裕はないのです。

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背後が気になると、柏木はもう蹴鞠に心は向きません。庭を見ているようなふりをして、ちらちらと西側を見ています。いや、作者の想定では、ひょっとしたら夕霧が西側、柏木は東側に座っていたのかもしれません。もしそうであれば、柏木が夕霧の方を見て話をすると視線の向こうに女三宮の住まいがおのずから入ってくるのです。
当時もペットはいました。犬や猫を飼うのは今と同じなのです。唐犬(からいぬ)、唐猫(からねこ)といって、舶来の動物も愛玩されました。女三宮のところにも

    唐猫

がいて、その小さいのが少し大きめの猫と喧嘩でもしたのか、逃げ出しました。するとあとから大きめの猫が追いかけます。猫には首に紐をつないでいましたので、その紐が御簾にひっかかってしまいます。
源氏物語の絵にはこの場面がしばしば描かれます。おおむね猫がもう一匹の猫を追いかけている絵なのですが、江戸時代の三代豊国(国貞)の

    『吾妻源氏若菜之図』

では小さい猫が紐を簾に引っ掛けたまま柱に上ったために簾がめくれあがったようになっています。大和和紀さんの『あさきゆめみし』でも猫は柱に上っていて、国貞の影響を受けられたのか、あるいは偶然同じ発想をされたのかは存じません。

歌川国貞(三代豊国)「吾妻源氏若菜之巻」
↑歌川国貞(三代豊国)「吾妻源氏若菜之巻」

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