誕生日に古語辞典 

私の仕事には古語辞典が欠かせません。
どこかで書いたと思いますが、愛読書といってもよいくらいです。用例を読んでいるだけでおもしろく、また、解説も執筆者の見識があらわれて楽しいのです。

    珍しい文献

からの用例があるとそれはどういう本なのかが気になってまた調べたりするのも嬉しいです。
たとえば、「あはれ」という語を岩波の古語辞典で引きますと、まず感動詞として「事柄を傍から見て讃嘆・喜びの気持を表わす際に発する声。それが相手や事態に対する自分の愛情・愛惜の気持を表わすようになり、平安時代以後は、多く悲しみやしみじみした情感あるいは仏の慈悲を表わす。その後、力強い讃嘆は促音化してアッパレという形をとるに至った」と説明されています。さらにそのあとに意味や用例、さらに名詞の「あはれ」の意味と用例、「あはれがり」「あはれび「あはれみ」の説明と用例、と続きます。これだけをしっかり読むだけでもおもしろいものです。

    英和辞典 や 英英辞典

も読めたら楽しいだろうと思いますが、なにしろ英語はダメなので。
いい辞典は解釈も的確で、うまく現代語に置き換えています。
しかし、もうひとつすっきりしないときは自分で考えて、語意から離れないように工夫して解釈を付けます。こういうのも醍醐味です。
そんなわけで、辞典はいいものを数種類欲しいのです。簡単な学習辞典のようなものはすでに刊行されているものを写しているだけではないかと思うようなものもあります。執筆の内幕を知っているものもありますが、それはかなりいいかげんな作り方をしていたようです。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

私は古語辞典を研究室のデスクの後ろと横、別のデスクの上、自宅の勉強机の右と左に置いています。研究室の後ろには別の出版社のものもあります。ほかにも古語を含む『国語大辞典』などがありますから、いろいろ読んでいることになります。古語辞典をさわらない日はないといってもいいくらいです。
高校に入って、自分の古語辞典を買ってもらった時はほんとうに嬉しかった記憶があります。
このほか、ネットでも古語辞典は引けますから、電車の中でも旅先でも常にポケットの中に入っていることになります。
しかし、今私が教えている学生は

    理系

が大半です。ですから、高校時代に古語辞典を持っていたとしてももう不要なのです。人に譲ったり捨てたりしたかもしれません。
そもそも最近は電子辞書もネットの辞書もありますから紙の古語辞典は持っていない学生も多いのです。
最近、私の源氏物語の授業に出ているある学生がこんなことを言っていました。

「このあいだ、誕生日だったのですが、親が何かほしいものはあるかというので、

    『古語辞典が欲しい』

と言いました」。

びっくりしました。捨てるどことか、新たに買ってもらうというのです。
昔の言葉に触れる喜びを知ったということらしいのですが、彼女の言葉によって私は源氏物語の力の大きさを改めて知ることになったのです。
次の授業の時に、私はつい「辞書を読むたのしみ」という話をしばらくしてしまいました。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3734-5489cf8e