新しい短編浄瑠璃 

歌舞伎三味線の野澤松也師匠が私の書いた駄作に作曲してくださったことは以前お伝えしました。実はあれからも何度か上演してくださっていて、特に

    「送り拍子木」

という作品の上演回数が多いように承っております。
自分の書いたものをプロの方が節付けして演奏してくださっていることは、ありがたいことではあるのですが、その一方とても恥ずかしいのです。ただ、眼目は松也師匠の三味線と美声を間近で聴けるというところにありますので、詞章は二の次、そう思うといくらか楽なのです。
どんな曲がついているのかも私にはわかりませんが、勝手に想像して申しますなら、私のイメージに近いものを作っていただいているような印象を持っています。私は文章を書くとき、

    あくまで浄瑠璃の詞章

であるということを念頭に置いていますので、曲のイメージも自分ではできているのです。そしてそれは当然義太夫節のイメージですから、松也師匠がおつけになる曲もきっと近いものになるだろうという思いがあるのです。ただし、師匠には師匠の独自の世界がありますから、実際に聴いてみたらまるで違うかもしれませんが(笑)。
すでに三つの小品を師匠にお送りしましたが、昨秋、四つ目の作品ができましたので、おそるおそる(笑)差し上げました。
今、「(笑)」と書きましたが、実のところ笑い事ではありません。あたかも学生がレポートを提出するかのような気分なのです。

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昨年11月に100人ほどの方の前で「道行の文学」というお話をしましたが、そこで私は自分の肩書きを「平安文学研究家、浄瑠璃作者」と書いておきました。今どき「浄瑠璃作者」とは・・・と、受講者の中にはさすがに苦笑される方もいらっしゃいました。
事情をご説明して、99%ウソのような肩書きですけれども、1%は事実なのです、と申し上げておきました。この際、浄瑠璃関係のお話しをする時は「近松なにがし」とでも名乗ろうかと思い初めています。そうですね、たとえば

  「近松四半二」
  「近松ぽぷら」

いかにも贋物ですね。
さて、このたび書いたものは

    落ち葉なき椎

というものです。「肥前平戸新田藩上屋敷(今の墨田区横網2丁目。同愛記念病院のあたり)にあったという椎の木はどんなに風が吹いても葉が落ちない」という「本所七不思議」のひとつを取りあげています。
この屋敷の椎の木は隅田川の対岸からも目立ったそうで、相当大きなものだったようです。常緑樹の椎の木とて、葉が落ちないはずはありません。大きな木で葉が豊かなので「あの木はいつ葉が散るんだろう」と誰かが言い出したのが、いつしか「散らない」という噂になったのだろうと思います。
これを基にして何か話を作るというのが今回の課題でした。「散る」というなら動きがあって何とかなりそうな気がするのですが、「散らない」というのはどうすればいいのだろう、と悩むところから始まったのでした。

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