落ち葉なき椎(本文その1) 

はなはだお恥ずかしいのですが、私が最近書いた創作浄瑠璃「落ち葉なき椎」の全文を掲げておきます。短編と言ってもそこそこの長さになりますので、2回に分けます。作曲してくださったお師匠はんにうかがいますと、冒頭の歌は三下り、途中の歌(次回書きます)は琴を入れるとおっしゃっていました。

(どこからともなく聞こえてくる歌)
  春は亀井戸 梅屋敷
   手に土器(かはらけ)の 飛鳥山
  夏 三囲(みめぐり)に杜若(かきつばた)
   蛍も恋に胸焦がす
  秋の萩なら龍眼寺(りゅうげんじ)
   二十六夜の月待ちて
  冬 しっぽりと浄光寺
   雪見がてらに酒(ささ)ひとつ

今宵の客は大尽と名に負ふ和泉屋清右衛門。風流韻事(ふりゅういんじ)を極めたる粋(すい)も自慢の大旦那。心をつけて芸者衆。とんとんとんと歩み板。三味(しゃみ)の糸ほど踏み鳴らし乗り込む舟ぞ雅(みやび)なる。
中に年増の米吉が愛想こぼして進み出で、
(米吉)「旦那様。いつもありがとう存じます。大川の舟遊びはあたしたちも楽しみで、わけても和泉屋様のお舟とあれば、芸者仲間で評判の随一でございます」
(和泉屋)「ははは、米吉得意のお追従(ついしょう)。が、『随一』にしては蔦奴(つたやっこ)の姿が見えぬぢやないか」
(米吉)「申し訳ございません。実は蔦さん、今朝方の地震で指を突いちやいましてね。和泉屋様のお舟をしくじるわけには、って、泣きべそかいてたんですけど、指は三味線弾きの命でございますからね。それで、今日はこの夕顔さんが名代(みょうだい)つてことでご勘弁願います」

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(和泉屋)「それは災難だつたな。大事にするやう、伝へておくれ。時におまえさん、夕顔とはまた、辰巳芸者(たつみげいしゃ)とも思へぬ名だね」
(米吉)「あ、旦那様。ちよいとお待ちを。(夕顔は聾者なので、一語ずつゆっくりと)夕顔さん。あたしからお話しするよ。(和泉屋に向かって、普通の早さで)実は、この人、ゆつくり口を動かすとわかつてくれるんですけど、ちよいとわけがございまして、耳が不自由なんですよ。そのわけと申しますのは、あ、よござんすか、お話しして。実はこの人にはいい人がいましてね。三味線の稽古場で知り合つた茂吉(もきち)さんという人なんですが、二人とも筋が良くて、色恋に溺れず、芸も競ふやうに、切磋、なんでしたつけ、そうそう、切磋琢磨。ところがある日茂吉さんが、三年を限りに上方で修業してくる、つて言ひ出したんでございますよ。この人、なんだか、草ばつかり食べてんぢやないかつていふ、ひよろつとした優男(やさおとこ)で、その上に痰の持病もあるんだそうで、長旅は無理だつて、夕顔さんはとめたんです。すると、ほら、本所の松浦(まつら)様のお屋敷に、金輪際(こんりんざい)葉が落ちないつていふ椎の木がございませう。旅立ちの日に夕顔さんをそこに連れてつて、『あの葉が落ちねえかぎり、おいらは無事だと思つてくんな』とか何とか。まつたくもう、男は勝手なことばつかり言ふんだから。待つ身にもなつてみろつてんだい。あ、それで、『都に着いた』つて文はよこしたさうなんですが、それきりふつつり、なしのつぶて。病は出ぬか、いい人ができまいものか、と思ふうち、憂ひは積もり、食細り、身も弱りゆく折からに、去年の冬のはやり病。一夜の熱で惜(あたら)しや、大事の耳を患うて、それでふつつり音無しの身となり果つる、いとしぼさ」
と、あはれを誘ふ物語り。

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