歩き正月(1) 

寝正月というのはしばしば聞きますが、なかなか優雅なものです。家にいて家族で大宴会をして大酒を飲むなどというのも結構かと思います。しかし、大酒は飲めない上、早起きの私にはどちらも縁のないことです。では家でじっと勉強でもするかというと、家にもいなかったものですから、まったくもう「どうすればいいの?」という感じでした。それならいっそ、普段の趣味を生かして

    歩き正月

にしようと思い立ちました。ただ、場所が山の中でして、ここから出歩くとなるとけっこうたいへんなのです。街と呼べるところまで徒歩30分。最寄りの駅までは小一時間かかります。平地ならともかく、ダラダラと続く坂道で、往路をあまり無理すると復路は登り道になりますから要注意です。
どうせ歩くなら、正月ですから初詣にしようと、神社を目的地にしました。
元日の朝早く、

    徒歩45分

くらいのところにある、この街でおそらくいちばん大きな大瀧神社というところにひとりで出かけました。距離にして4kmくらいでしょうか。鳥居をくぐってしばらくのところに下の写真のような大きな板があり、ちょうどどこかのご一家がお揃いで落書き(?)をなさっているところでした。願い事などを書くようです。
実は本殿はここから100段では済まない階段を上らねばならず、高齢の方などはかなり大変です。私も体調が悪ければ諦めるところでしたが、このときは何とかなりそうでしたので、途中までは駆け上がりました。あくまで途中まで、です。後半はバテて、手すりにつかまって昇りました(笑)。

大竹市 大瀧神社2
↑大瀧神社境内

大竹市 大瀧神社
↑大瀧神社

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無事初詣を終えましたが、このまま帰ってもさしてすることもないので、別の目的を設定してもう少し歩くことにしました。七福神廻りもするのですが、これについては後日別に書くことにします。
この日は少し遠回りをして長州戦争の石碑が建っているところまで行きました。

    芸州口の戦い

といわれるものですが、長州軍が、周防国(現 山口県和木町)と安芸国(現 広島県大竹市)との境にある小瀬川に架かっていた土橋を壊したという記録があるのだそうです。その橋は明治以後に再建されて何度か台風などで流されたものの、今も少し位置を移して残っています。長州戦争の石碑のすぐそばに、大正十五年に架けられた鉄筋コンクリートの橋(移設される前の場所)の一部が記念碑のように残されています。「大」竹と「和」木の間に架かった橋なので「大和橋(やまとばし)」といっています。

大竹市 長州之戦跡
↑長州戦争の碑

大竹市旧大和橋
↑旧大和橋

他にもかなりうろつきましたので、元日は150分以上歩きました。写真も撮りながらでずっと速歩していたわけではありませんから、1分間の平均を少なめに80歩と見ると

    12000歩

くらいになります。歩幅もいつもよりは狭いと見て1歩80cmなら距離でいうと10km弱くらいだと思います。
帰ったらいくらかくたびれて、午後は「寝正月」になりました。

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