歩き正月(結) 

長い記事になってしまいました。
3日は滕池神社で終わりのつもりでしたが、もう一か所、宿の近くには胡子神社と厳島神社があるのを忘れていました。厳島というとなんといってもあの「安芸の宮島」ですが、この山の中に同名の神社があるのです。以下に述べる「厳島神社」はすべてこの山の中の神社です。
このあたりは山の木々と小瀬川の水に恵まれてはいるものの、今は特に何の産業もなさそうな地域なのです。しかし、紙や酒作りの家が栄えていた形跡はあって、人家の中にはとても立派な構えのところがあります。棟門を持つ家、蔵のある家(ここはもとは造り酒屋さんだったようです)などが狭い道をはさんで軒を並べています。この道は狭いですが、おそらく村のメインストリートだったのだろうと思います。

大竹市 棟門のある家
↑棟門のある家

大竹市 藤高家
↑蔵のある家

この道の脇に勧請されているのが厳島神社(とその横にある胡子神社)です。脇といっても鳥居をくぐるとまたまた長い階段。段数を数えるのを忘れたのですが、結構な高さのところでした。この日のウオーキングは階段や坂道ばかりで、歩数では測れない重労働でした。

大竹市 厳島神社 額
↑厳島神社鳥居の額

大竹市 厳島神社2
↑厳島神社

大竹市 胡子神社
↑胡子神社

大竹市 厳島神社から
↑厳島神社から集落を眺める

これだけの高さのところですから、高齢の方はやはり昇る気にはなれないでしょう。私が降りて行くと、鳥居の手前にひとりの高齢者の方が神社を見上げて立っていらっしゃいました。遥拝するような感じでした。

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この町は年齢層が高く、若者はやはり都会に出て行きたがるようです。宿のすぐ近くにあった小学校も閉校になり、今はコミュニティの会館として用いられているようです。中学高校はもともと山を下りなければありませんし、大学など市内にはあるはずもありません(ちなみに、この町の唯一の公立高校の卒業生に元阪急ブレーブズの野球選手、簑田浩二さんがいます)。
山の中には商業ビルはもちろん、アパート、マンションなどの集合住宅、スーパー、コンビニもありません。クリスマスでも都会のようにイルミネーションなどあるとは思えません。しかしたしかにここは日本で、いくばくかの人が住んでいます。
多くの家が畑を持っていて、この時期は立派な

    白菜や大根

がいたるところに植えられています。
都会人は自分たちのいる場所が日本であって、その気持ちを表にあらわすかどうかは別にして田舎などあってなきがごとしと思っています。自分たちが勝者であって、田舎は

    敗者の住むところ

だと思っている人がいないとも限りません。これは私自身の心に問いかけてみて出した答えです。
いたるところに国会議員のポスターが貼ってありましたが、ということはすなわちこの議員もポスターだけで現実にはほとんど見向きもしないのだろうと思ってしまいます。国会議員の定数も人口比ですから、都会重視。「1票の格差」ばかりが問題になりますが、私は格差があっても当然だとすら思っています。
何をひがんでいるのだ、といわれるでしょうが、この町に行くといつもそのことを思わずにはいられません。

それはともかく、この3日間、よく歩きました。大雑把に計算すると、トータルで37000歩くらい、30km近く歩きました。しかも神社の階段をかなり昇降しましたのでかなりいい運動になりました。

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