七福神(3) 恵比寿、大黒天 

恵比寿はしばしば平かなで「ゑびす」と書かれますが、もともとは漢字なら「夷」「戎」、仮名で表記するなら「えびす」なのです。しかし漢字を「恵比寿」と当てると「恵」は「ゑ」ですから「ゑびす」と読めます。「ゑひ」は「酔ひ」「ゑみ(笑み)」にも通じそうで何だか楽しそうにも見えます。「えびす顔」といえばにこにこと嬉しそうな笑顔です。
アイヌの男性たちが自称する時に用いた言葉を

    「えみし」

と聞き做したことから変化したのが「えびす」「えぞ」だと考えられ、「えみし」も「えびす」も「えぞ」も東国の人や土地を蔑視的に表現した語でした。平安時代にも、風流を解さない者として「えびす(東国人)」がその代表のように言われました。
ところが、そういう差別的な語がおめでたい福神となったのです。摂津国西宮神社(兵庫県西宮市)の蛭子命(ひるこのみこと)を「えびす神」として崇めるようになりました。蛭子はイザナギ、イザナミの最初の子でしたが、不具で捨てられてしまいました。その後西宮に流れ着いて海を司ったと言われています。この蛭子(ひるこ)を蝦子(えびす)とみなしたのでしょうか。
えびす神は庶民、特に商売人から大黒天と並ぶ福徳の神ということで厚い信仰を得ました。十月二十日にはえびす神を祀って「夷講」という催しもおこなわれましたし、えびす神の姿を描いたものを配布しながら人形を舞わせて門付したのが

    えびすまわし(えびすかき)

でした。今では西宮を総本社として全国に3500ものえびす神社があるそうです。大阪は商売が盛んでしたから、今宮戎や堀川戎など今も賑やかで、文楽劇場にも十日戎には今宮戎から巫女さんがおいでになります。
えびすのアトリビュート(っていうのかな?)は釣り竿と鯛。これがあればもう間違えようがありません。

大竹市 戎
↑恵比寿(大竹胡子神社)

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恵比寿と並ぶ庶民の味方、福徳の神は大黒天。「えびす だいこく」とワンセットで呼ばれることもありますし、西宮神社にも大黒神社がありました。これまた、頭巾をかぶってにっこり笑って、大きな袋(福袋)と小槌を持ち、米俵を踏みしめてポーズをとる、なんとなくふくよかで温和な印象があります。
しかしもともとはインドの戦闘の神、顔は忿怒(ふんぬ)の相です。かなりイメージが狂います。日本でも最初は軍神であり、富貴の神でもあったようで、その富貴の部分が強調されて、大国主命と習合して今のような福々しい神になっていくのですね。
落語には

    黄金(きん)の大黒

があります。家主さんの坊ちゃんと長屋のこせがれが砂なぶりをしていると黄金の大黒が出てきた。それで祝いをしようということになるのですが、長屋のものはそんな晴れやかな場に着ていく羽織を持っていない。かろうじてぼろぼろのものが一つあったのでそれを着ては口上を言って、口上が済んだら次のものが同じ羽織を着てまた口上を言う、という段取りにするのですが、これがなかなかうまくいかない、というものです。初代春団治の古いレコードで聴いたことがあります。
正月には頭巾をかぶり、大黒天の面を着けた門付の

    大黒舞

というものもありました。
私は大黒というと子どものころになぜかしばしば食べた「あみだ池大黒」の

    粟おこし

を思い出します。そんなにおいしいと思ったわけではないのですが、母方の祖父の家に行ったときに食べたような気がするのです。私にとっては「大阪のお菓子」というとこれなのです。

大竹市 大黒天
↑大黒天(住吉神社)

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