女たちの『国性爺』(1) 

『国性爺合戦』は和藤内、呉三桂、甘輝の勇者三人が韃靼大王を追放し、李蹈天の首や腕を引っこ抜くところで終わります。
現在の上演は主に二段目から三段目なので、和藤内が出ずっぱりに近く、人形遣いさんは大変な重労働だと思います。『国性爺』の主役は? といわれるとやはり国性爺、和藤内その人と答える人が多いだろうと思います。
『義経千本桜』でも義経はしょっちゅう登場しますが、彼は主役とはいえず、各段の主人公は知盛であったり、権太であったり、狐忠信であったりします。お里や静御前も大事な存在です。
和藤内は人形が大きくて目立ちます。しかし血気盛んに過ぎて母に戒められたり、甘輝の援助を頼むのも母や錦祥女に任せるほかはなく、舞台を動かすというよりは

    動かされてこそ生きる

キャラクターだと思います。たしかに主役級ではありますが、座頭の持つ人形ではなく、中堅どころ、しかも華のある人形遣いの持ち役だと思います。先代の玉男、勘十郎時代なら文吾、玉幸、今回は玉志、幸助。十年後なら簑紫郎などがおもしろいかもしれません。
三人の男の中では圧倒的に和藤内が目立ちますが、全五段を上演することができるなら、

    呉三桂や甘輝

はもっと重要性が増すはずです。特に呉三桂は初段、四段目、五段目で活躍します。華清夫人(くわせいぶにん)の腹の中の子を取り出して我が子と入れ替えたり、その子を育てて明の初代皇帝(洪武帝)とその家臣の劉伯温の霊と出会ったりする、大切な役どころです。

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和藤内を動かす人物として、

    母と錦祥女

の存在は重要です。母は和藤内に「忠勤を励め」とあおったり(もろこし舟)、虎と無益な争いなどするなと天照皇大神宮の札を渡したり(「虎狩り」)、大願成就のためには我が身の無念を堪忍することも必要だと諭したり(「楼門」)、果ては自害して和藤内と甘輝に「母の敵、妻の敵」と思って戦えと言い残します(「獅子が城」)。
一方の錦祥女は、事態の打開のためには「命を投げ打ってでも」という心を固め、紅の代りに我が血を流すとう行為で芝居をいっぺんに転換させるエネルギーを持っています。善意や道理がかえって進むべき道をふさぐ場合、それらを超えた行為が力を発揮することがあります。
母は何度も「恥」という言葉を使いました。錦祥女を見殺しにするのは継母だからと言われたのでは「我が身の恥」であり、ひいては「日本の恥」になるとも言いました。すると錦祥女も

    唐土の恥

ということをいい出して自害に及びます。するとまた母はこの上で自分が生きながらえるのは「日本の恥」として錦祥女と冥途の旅をともにするのです。
男たちは命を賭して道を開いてくれた彼女たちに支えられることで初めて戦いの旅に出ることができます。

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