新たな連載 

ある短歌の雑誌に「御堂関白記の風景」という連載をしてきました。日本史の恩師である山中裕先生のご紹介で書かせていただいたのでした。毎回ひとつのテーマを設定して藤原道長の日記を細かく読んでいくもので、分量は二段組み4ページ分。私はいつも最後の行まで書くことにしていました。この連載を発展させたものを論文にしたこともあって、同人の皆さんにはさほど関心はなかったかもしれませんが、私にはとても

    貴重な体験

になりました。
道長についてはこれからも勉強を続けますが、山中先生が幽界に旅立たれたこともあって、連載としては一段落ということにさせてもらいました。30回あまりの連載でしたので全てをまとめると原稿用紙にして400枚くらいになったかもしれません。自分で撮った写真を入れた上で一冊の本にしたかったのですが、とても予算がなく(笑)、断念しました。
連載は苦痛を伴いますが、そのぶん勉強をサボるわけにはいかないという

    プレッシャー

を自分にかけることができますので、その雑誌にはほんとうに感謝しています。あるときはどうしても調べたい古文書があって、東京のさる資料館まで行ったこともありました。ここちよいしんどさでした。連載を終えたらまたサボりがちになりますので、新たに何か書き続けることはできまいかと思っていました。
かつて、まったく別の短歌結社から古典文学についての話をしてほしいと言われたことがあって伊勢物語についてお話ししたことがあります。それがきっかけになって、その結社の代表の先生がずっと雑誌を贈ってくださり、また年賀状もくださっていました。

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たまたま今年の年賀状に私の方から「長年連載してきたものが終わり、また次を考えています」という近況を書きましたところ、折り返しお手紙をいただき、「それなら、うちの雑誌に書いてみないか」というお言葉を賜ったのです。流行の言葉でいうなら「びっくりぽん」でした。伝統的な表現をするなら

    瓢箪から駒

でしょうか。年賀状には必ず近況を書くことにしているため、ふと書いたことが予想外の展開をもたらしてくれました。過分なまでのお誘いをいただき、こういうご縁は大事にしなければならない、と思いましたので、すぐに「お世話になります」というお返事を差し上げたのでした。
季刊の雑誌ですのでとりあえず4回。1年間は書きたいと思っています。それ以後はあちらがどのようにおっしゃるかで決めればいいと思っています。代表の先生は「古今集でも新古今集でも近松でも西鶴でも」とおっしゃるのですが、私に西鶴のことを書く才覚はありません。近松も無理です。やはりここは仮にも専門の看板を挙げている

    平安時代文学

を取りあげるのが当然だろうと思っています。
ただ、短歌の雑誌ですので、できれば同人の皆様が詠作されるときにいくらかでもお役に立つようなものを、という思いがあります。「おもしろうて、やがてためになる」というのを目指したいのですが、そこまでのことができるとうぬぼれることはさすがにできません。だからこそ、しっかり勉強しようと思います。いい機会を与えていただき、感謝しています。

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