大仏さんの身の回り 

大江親通の著した『七大寺巡礼私記』の東大寺の項目は、東大寺や大仏そのものについて書くばかりではなく、大仏の脇侍とか仏殿内の雑具などについても書いてくれていてとても助かります。
大仏の脇侍は、右側(大仏に向かって左)が虚空菩薩、左側が如意輪観音菩薩のそれぞれ坐像です。現在の像はやはり江戸時代に造られたもので、像高はどちらも7mあまりです。
どうでもいいことですが、昔は

    「菩薩」

の文字を略字で書くことが多かったのです。「菩薩」という字が画数が多くて大変だったからでしょう、「草かんむり」を縦に二つ並べた形で表しました。一見すると「幵」「并」のように見えます。『七大寺巡礼私記』の字もそんな字で、「観世音艹艹」(これを縦に書く)のような字になっています。
それはともかく、『七大寺巡礼私記』にも両菩薩像の記述があり、その高さは

    三丈

であったと記されています。10m近くになりますね。『信貴山縁起絵巻』にはわずかに如意輪観音の姿の一部が見えます。大仏の背後には四天王(増長天、持国天、広目天、多聞天)立像もあり、これも大きなもので、『七大寺巡礼私記』は高さ三丈七尺あるいは四丈といっています。『信貴山縁起絵巻』には左端(大仏に向かって右側)の広目天の一部が見えています。江戸時代の像、つまり現存のものは多聞天と広目天のみで、あとの二つは完成されず、大仏殿の中に頭部のみが置かれています。
これらの像はどうしても大仏の偉容の前にかすみがちですが、もしこれらが単独で置かれていたら、それだけでも威圧されてしまうのではないでしょうか。

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大仏殿の装飾や仏具というと、私が一番に思い出すのは大仏殿内部ではなく、その手前正面にある

    金銅八角燈籠

です。これは東大寺創建時のものが今もほぼそのまま残っていると言われ、もちろん国宝です。大仏殿に行く観光客は早く大仏を観たいと思うあまりこの燈籠を適当に観ていきがちですが、きわめて貴重なものなのでじっくり眺めていただきたいものです。『信貴山縁起絵巻』にも描かれています。
『七大寺巡礼私記』は大仏殿内部のものについてもずいぶん細かく書いています。例えば「金銅六角燈爐」は「高さが四尺五寸で仏前の中央の位置、石の蓮華座の上にある。蓮華の葉茎を台にしている」などということが書かれているのです。また「金銅大火舎」は「八足の木の台に置かれていて、高さが二尺五寸で周径は一丈」とあります。とにかく大仏が巨大ですから周りのものは小さく見えます。しかしこの火舎など周径3mですから、二人の人が両手を広げて取り囲むくらいの大きさになります。
『七大寺巡礼私記』には、この火舎に毎日

    一斗のお香

を入れて一昼夜焼薫したという記事も見えます。何度も申しますが、大仏があまりにも大きいために周りのものは小さく見えてしまいます。しかし、こうして数字を書き残してくれていますのでその大きさが偲ばれるのです。

大仏殿内
↑『信貴山縁起絵巻』の大仏の手前のようす

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