二本足の台 

大江親通の『七大寺巡礼私記』に記される、ということは12世紀には確実に存在していたことになる東大寺大仏殿内部の「金銅六角燈爐」「金銅大火舎」は『信貴山縁起絵巻』にも描かれています。ですから『七大寺巡礼私記』の記述はおのずからこの絵巻物の「図版解説」になっているといってもよいのです。仏像や仏具あるいは荘厳(しょうごん。飾り付け)についての知識のない私にとってはほんとうにありがたく、両書を見比べているうちに

    目から鱗

が次々に落ちるのです。では『信貴山縁起絵巻』に描かれている大仏殿内の様子はすべてわかるのかというと、やはりそうはいかず、ここで私の無知をさらけ出さねばならなくなるのです。
すでに記しましたように、大仏の前、中央に「金銅六角燈爐」があります。そして、その左右に、円形のものが載っている

    長い二本足の台

があるのですが、これが何なのか、実はわかっていません。円形のものの大きさ(直径)は、周りのもの、たとえば二尺五寸あるという「金銅大火舎」と比べると二尺ほどではないかと想像されます。
そこで『七大寺巡礼私記』を参照すると「青瓷花瓶」という項目があり、これは「石座の上、(金銅六角)燈爐の左右に置かれて、白蓮の作り花(造花)を立てる」という意味のことが記されています。位置からするとこれだろうかと思ったのですが、どうにも花瓶には見えませんし、白蓮の作り花もありません。

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今は花瓶もさまざまな形のものがありますが、お寺の花瓶というと、上端と下端が開いていて、それがくびれて真ん中がまた膨らんだ形者が思い出されます。法隆寺の資料なども見たのですが、そんな感じのものばかりでした。
『七大寺巡礼私記』の花瓶の次の項目には、

    「鏡台二脚」

があるとも記されています。やはり石座の上の仏前の左右にあるもので、径三尺六寸ばかりの四枚の鏡(左右に二枚ずつ。南向きと北向き。一枚は方形、残る三枚は円形。径三尺六寸ほど)が懸けられているとあります。なるほど円形のものではあるのですが、『信貴山縁起絵巻』の円形のものは台の上に載っているように見えるので、「懸けられている」のではなさそうです。ふたつの円形のものは色が違って見え、月光と日光ではないかとおっしゃるかたもありましたが、『七大寺巡礼私記』にはそういうものは記されておらず、何とも言えません。
燭台のうしろに反射鏡のついたものがありますが、その反射鏡は通常円形です。それではないかとも思ったのですが、それにしては『信貴山縁起絵巻』には燭台そのものが見えません。
現在の東大寺大仏殿の写真もあれこれ観ましたし、研究書も少しですが読みました。法隆寺の持っている仏具などの膨大な写真を集めた叢書もざっと見たのですが似たようなものは出てきません。
ほんとうになさけないのですが、こういうことを繰り返しているばかりで、さっぱり答えが出てきません。案外とても

    簡単なもの

かもしれないのです。それをわからずに勘違いして、まったく違ったことを考えては堂々巡りしている可能性もあります。
Yahoo知恵袋にでも出してみようかな(笑)。

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