兵火 

子供の頃、三船敏郎さんあたりが主演する戦争映画がよく作られていたように思います。予告編やテレビCMなどを観たのかもしれませんが、軍艦が大砲を「どかん」と撃てば戦闘機が爆破される。空襲で爆弾が「ひゅー」と落とされると人々は逃げ惑い、街が灰燼に帰す。私はあれが生理的にダメで、三船さんに恨みはありませんが、本編を観たいと思ったことがありません。実際は重厚な人間ドラマだったのかもしれませんが、子供の目にはやはり「どかん」「ひゅー」の映画に思えたのです。
「へいか」と入力して変換キーをたたくと「平価」「陛下」「弊家」「瓶華」などが出てきます。どれもめったに使わない言葉です。だからでしょうか、一番の候補としては

    兵火

が出てきます。実際、最近しばしばこの言葉を使うことがあるのです。おとなになって戦争ものが好きになったのか、というとそうではありません。文楽でも時代物の武将が出てくる場面はあまり好まないくらいですから。
それではなぜ使うのかというと、「兵火によって文化財が焼かれる」という趣旨の話をすることが多いからです。焼かなくても、軍隊にとって敵国の文化財は嘲笑すべきもの、いたぶるべきもの、という面があります。

    ナポレオン軍

がその価値を知ってか知らずか、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を傷つけたという話を聞いたこともあります。戦争は罪もない人の命を奪うのが最悪。もうひとつ、大切な文化財を傷つけ、破壊するから私は戦争を憎みます。そんなことを「文化と歴史」の授業の中で話すことがあります。

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この春休みに勉強しているもののひとつに『粉河寺縁起絵巻』があります。これは焼損が甚だしく、特に巻頭のあたりはかなり失われています。なぜこんなに焼けただれたのかというと、兵火に遭ったから、という説があるのです。
先の戦争でも空襲で焼けた貴重なものが数知れません。個人の

    思い出のアルバム

から国宝クラスの文化財まで、人によって意味はさまざまでも「貴重」であることには違いありません。それらが戦争のために容赦なく焼かれていくのです。
海外からは世界遺産が破壊されたらしいというニュースも伝わりますし、人間が築いた文化を人間がまた破壊していくという愚行は繰り返されて果てしないものです。
『粉河寺縁起絵巻』は焼損していますが、今に残ります。誰かが焼け跡から取り出し、捨てることなく保存してくれ、またその後

    修復

もされたのです。完全な形で残っていれば価値ははるかに高いものでしたが、それでも今なお国宝の文化財として守られているのです。
伝統や文化に理解がないばかりか、迫害すらしかねない政治家がいたことは記憶に新しいものです。
私はそういう類の武将(あるいは政治家、権力者)の高笑いよりも、大切な文化財を欲得ではなく守ろうとする名もなき人たちの汗や涙のほうが尊いものだと思っています。

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