たじろぎ、苦しみ 

学生時代以来何度も読んで、何よりも好きな作品が『源氏物語』です。授業でも何度も取りあげましたし、今は公開講座でも読んでいます。しかし、恥ずかしながら研究者としてこの作品にまともに向き合ったことはないと言ってもよいのです。
いつか『源氏物語』をテーマにした文章を書きたいと思い続けながら、あまりにも作品の背丈が高すぎて、その前に立つと茫然として何もできないのです。

    研究史が膨大

です。平安時代から注釈がおこなわれている作品ですから、注釈書だけでも半端な数ではありません。そして近代以降も大学で研究する人が絶えることがなく、作家などもいろいろ言いますから、多い時には毎日のように論文が書かれ、こうなると研究文献の全てを把握することは困難と言ってもよいのです。源氏学者と呼ばれる人はほんとうに勉強家だと思います。
こうやって長い間

    怖じ気づいて

ばかりいたのですが、もう残された時間もあまりないのですから、なんとか形にできないものかと真剣に考えるようになりました。何も、研究史に残る論文を書こうというのでなくても、源氏物語の関わりの中で考えたこと、感じたことなどを文章にしておく、という程度でもいいのです。私が作家やタレントのように名前のある人なら機会も少なくないでしょうし、お金儲けにもなるかもしれません(笑)。しかし、無名の教員のすることですから、編集者がついてくれるわけでもありません。

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そんな時に短歌誌への寄稿を勧められ、この機会を逃すまじと、お世話になることにしたのです。
しかし、源氏物語はほんとうに大物です。少し読めば言いたいことがいくらでも出てくるのに、いざ文章にしようとするとその都度「とても手に負えない」とたじろいでしまいます。ここで挫折しては元も子もありませんので今は必死に食い下がっている状態です。おそらく源氏物語の学者は作品の発する

    強烈な風圧

に耐えながら仕事をされているのか、あるいは紫式部に負けず劣らずすぐれた能力の持ち主でいらっしゃるのか、どちらかではないかと感じています。
源氏物語の最初の巻は「桐壺」です。まずはこの巻の最初に出てくる「桐壺更衣」という人について考え、彼女が源氏物語に唯一残した歌である

  かぎりとて別るる道のかなしきに
    いかまほしきは命なりけり


という和歌を味わいたいと思っています。
もちろん私などがえらそうにいえることはありませんので、とにかくは先学の研究成果に導かれながら何度も読み返しています。

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