おとなたちの遠足(3) 

京都御所はこのあと小御所、御学問所、御常御殿、御三間などを見学して清所門に戻ります。小御所は慶応三年におこなわれた小御所会議の場になったことでも知られますが、天皇が武家と対面する場所でもありました。御学問所は学芸に関する催しがおこなわれ、御常御殿は清涼殿に代わって天皇の起居の場となったところ、御三間(おみま)は上中下の三間から成り、内向きの行事のおこなわれるところでした。もっと北側には「飛香舎(藤壷)」などもあるのですが、見学はできません。
みなさんが楽しんでいただけたなら、私としては嬉しい限りで、何も申すことはありません。京都御苑にはほかにも

    仙洞御所

があり、ここも見学できるのです。
私は知識が乏しいですが、平安時代文学の語り部をもって任じていますので、いくらかお話しすることはできないわけでもありません。こういう形で少しでもお役に立てるならそれだけでこの上なく幸せです。仕事で行っているわけではなく、あえて言うなら

    ボランティア活動

に等しく、もうほとんど「文楽応援団」の皆さんと同じ心境です。
この日はこれで一応おひらきになったのですが、私はまたぞろ御所の外周を少し遠回りに一回りしてきました。西側の縣井、北側の近衛家跡、朔平門を横目に中山家跡、また少し戻って猿が辻や姉小路家などのあったあたり、橋本家(皇女和宮誕生の家)、学習院跡、建春門、建礼門、さらに南へ行って黒木の梅を眺めながら鷹司家跡、九条家跡その他あちこちです。丸太町通りに出たらもう地下鉄やバスに乗る気にはなりません。丸竹夷二押御池・・と歌いながら南へ南へ。っして四条まで戻ったのでした。

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私は歩くのが好きです。車でさっと目的地に行くだけではわからないものが歩くことで見えてきます。京都についてはもうどれくらい歩いたかわかりません。もちろんまだまだ知らない場所はありますが、これまでの経験をもとに多くの方に

    文学や歴史のお話

をしながら史跡を散策できればいいなと思っていたのです。しかし、呼吸器の病気のためにお約束することができず、これまでは計画まではしたことがあるのですが、諦めていました。しかし薬に依存しているとはいえ、ある程度落ち着いている今こそそれができる時だろうと決行したのです。思い切って実施してよかったと思っています。
まだまだ行きたいところはいくらでもあります。御所関連で言いますと、すぐそばの仙洞御所の見学もできます。桂離宮にだって行けます。

    『源氏物語』

がらみでいいますと、当時の大内裏跡を始め、京の街中は物語の主要舞台ですから、どこを歩いても「ゆかりの地」になります。「若紫」巻では光源氏が祈禱のために北山に出かけ、そこで若紫(のちの紫の上)と出会うのです。洛西では「賢木」巻の野宮訪問があります。斎宮となった内親王が伊勢に向かうために潔斎する場所が野宮ですが、光源氏は斎宮とともに野宮にいる六条御息所(斎宮の母)を訪ねるべく嵯峨まで出かけていくのです。そして「橋姫」巻以降は宇治が舞台になることが多いのです。そういう跡を訪ねるのもいいかもしれません。
またの機会を楽しみにしています。

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