京都御苑の南側(2) 

梅林の北は桃林になっていて、この近くの門が

    蛤御門

です。本来は新在家御門と言いましたが、天明の京都の大火の時以来開かれるようになったので、焼けて口を開くというので蛤御門というようになったとか。

蛤御門201637
↑蛤御門(新在家御門)

私が京都御苑に行く場合、堺町御門、下立売御門、蛤御門、中立売御門、今出川御門、清和院御門はとてもよく使います。一方、めったに行かないのが乾御門(北西部)、石薬師御門(北東部)、寺町御門(南東部)です。

    寺町御門

を通らないわけは、この近くには運動場(テニス、ゲートボールなどができる)や広場(富小路広場)などがある程度で、あまり私の関心をそそるものがないからだと思います。

お屋敷の跡を訪ねてみます。南西部にある賀陽宮跡は朝彦親王(中川宮)の邸でした。伏見宮の王子であった親王は出家していましたが、還俗して中川宮、さらにはカヤの木があったので「かやのみや」とも称したそうです。このかたは呼び名がいろいろあってとてもわかりにくいのです。幕末に公武合体を唱えた人です。

京都御苑賀陽宮跡201637
↑賀陽宮跡

堺町御門を入った突き当たりにあったのが鷹司家。五摂家のひとつで、格式の高い家でした。
鷹司家の西には黒木の梅があります。私が行った日はとてもきれいに咲いていて、この春観た梅の中ではもっとも美しいものだったと思います。

京都御苑鷹司邸跡201637
↑鷹司家跡

京都御苑黒木の梅201637
↑黒木の梅

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最後に九條家の跡を訪ねます。これまた格式の高い五摂家のひとつです。その末裔は現在平安神宮の宮司をなさっています。
ほとんどの邸宅跡が高札に説明が書かれているだけですが、このお宅は池などが残り、しかも

    拾翠亭

という茶室が現存します。金曜日と土曜日は100円で入ることができます。私はこの間金曜日に行ったのですが、時間がなくて断念しました。
九條池には厳島神社があります。京都の人は「池の弁天さん」と呼んでいるとか。ここは唐破風の形をした鳥居が有名です。池の中に入り込んだような感覚になってなかなかいいものです。

京都御苑厳島神社唐破風鳥居201637
↑厳島神社の鳥居

京都御苑拾翠亭入口201637
(↑九条家拾翠亭入口)

ほんとうによく歩きました。これまで何度も訪ねた京都御苑ではありますが、今回が一番真剣に見学したような気がします。
また行こうと思います。

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