京都御苑の北側(1) 

京都御苑の南側のことを書きながら、北側のことを放っておいたのがなんとなく気になっていました。
なんだか京都の観光課かなにかの回し者のようになってきましたが、ものはついでなので書いておきます。
京都御苑の北側はなんといっても京都御所が中心です。江戸時代末期まで実際に天皇が住んでいたのです。紫宸殿、清涼殿、御常御殿、小御所などの建物があり、平安時代の内裏とはかなり違いますが、やはり私のように古典文学を専攻するものにとってはなつかしい場所です。
先日のニュースでは今後は一年中一般公開されるようですが、現在のところ、見学するためには許可が必要です(春と秋の公開時期をのぞく)。

    「宮内庁の許可を得る」

などというとなんとなく面倒に思ってしまいかねませんが、実際は難しい条件はなく、気軽に見学できるのです。私は学生を20人ばかり連れて行ったこともありますが、そのときは案内してくれた若い職員さんも嬉しそうで、学生と楽しそうに話していました。
今の御所は14世紀以来の場所ですが、だからといって同じ形を保ってきたのではありません。そもそもは

    「土御門東洞院殿」

といって、土御門大路の北、東洞院の東、高倉小路の西、正親町小路の南の一町四方の邸宅でした。大雑把に申しますと110m四方の敷地です。それが、後に北へ東へと拡張されて本格的な御所の体裁を持つようになっていきました。そして江戸時代の宝永年間に火災があったあと、北側がさらに拡張されて今の御所の8割ほどができました。それでも東北が欠けたようになっていて、その「欠けた部分」はもともと有栖川宮家でその後も幕末まで「欠けたまま」の形だったのです。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

姉小路公知が暗殺されたのはまさにこの姿の御所の時で、今の朔平門(御所の北側の門)のすぐ東で南に折れたのです。今の御所は朔平門からずっと塀が続いていていますからちょっと実感が湧かないですね。
さて、御所の見学は清所門から出入りをしますが、この日、見学を終えた私たちは清所門を出た所でお別れしました。みなさんはひとまず

    中立売北休憩所

に入られたようでした。ここは軽食がとれますし、お土産を買うこともできます。無料休憩所ですので待ち合わせもできて便利な所です。
じっとしていない(笑)私はすぐに歩き始め、まずは御所の東北側に行きました。今、宮内庁京都事務所になっているあたりは、もとは一条家の邸宅でした。その事務所のすぐ西側には名水とされた縣井(あがたい、あがたのい)があります。この井戸の近くに縣宮という神社があり、地方官になりたい(地方官は田舎暮らしではありますが、場所によってはかなりの蓄財ができたので人気がありました)と願う人がこの井戸で身を浄めて参内したという伝えが残っています(事実かどうかは知りません)。

京都御苑縣井201637
↑縣井

そこを北に行って乾御門を横目にして近衛邸跡。今は公園になっています。春にはしだれ桜などがきれいです。右手に御所の築地塀を見ながらしばらく東に歩くと桂宮邸跡。今は住宅地になっています。

京都御所朔平門から東を見る201637
↑京都御所の北側の塀

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3819-a329fb3a