谷崎潤一郎のエッセイ 

高校生の時、小説を書いたりしていました。もちろん読むに堪えないものですが、その時は文学少年を気取って悦に入っていたのです。そのくせ読書家ではありませんでした。三島由紀夫は子供の頃に代表的な世界文学を読んでいたようで、その姿勢を土台にして文才を発揮したからこそあれほどのものが書けるようになったのでしょう。私の場合は、三島に比べると(比べる価値すらありませんが)何万分の一にしかならないような読書経験だったのです。
大学は文学部に行ったのですが、三島どころか、周りの友人たちの読書家ぶりに比べても劣等生でした。さすがに危機感を覚えて、遅まきながら古典的なものから制覇するつもりで読んで行こうと決意して、父の書棚の文学作品を借りて読むことから始めました。書棚の中でとても目立ったのが谷崎潤一郎の

    細雪

でした。分厚い本でした。これなら読み応えがありそうだ、という理由だけで手にしたのがきっかけで、読破したあともしばらくは谷崎作品ばかり読んでいました。文庫本は収められていない小品から、ほとんど文庫本で読んだ「刺青」「少年」「悪魔」「幇間」「異端者の悲しみ」「知人の愛」「少将滋幹の母」「蘆刈」「春琴抄」「卍」「猫と庄造と二人のおんな」「盲目物語」「吉野葛」「蓼喰う蟲」「乱菊物語」「武州公秘話」「鍵」「瘋癲老人日記」「台所太平記」・・・そうそう、

    「源氏物語」の初訳

もなぜか父が持っていましたのでわからないなりに通読しました。これがいい刺激になり、谷崎に限らず大学1、2年生は人生で一番多読した時期だったと思います。
谷崎についてはエッセイも随分読んだのです。「いわゆる痴呆の藝術について」「陰翳礼賛」「恋愛及び色情」「懶惰の説」「私の見た大阪及び大阪人」「東京をおもう」「雪」・・・。「文章読本」も勉強になりました。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

最近、源氏物語の勉強をしているうちにどうしても「陰翳礼賛」を読み返したくなり、文庫本を探しましたが見当たりませんでした。予算の関係で(笑)買ったりはせず、地元の図書館に借りに行きました。文庫本ではなく、400ページほどのエッセイ集で、「陰翳礼賛」以外にも10篇収められていましたので、ついでに読むことにしました。こんなにおもしろいものだったのかと再認識しました。学生時代に、あるいはそれ以後も読んだことのあるものなのに、私が年齢を重ねてきたからでしょう、見えてくるものが違ってきます。あの多読の時期が無駄だったとは思いませんが、実際は

    読めていなかった

のだなとしみじみ感じるのです。
「大阪及び大阪人」には昭和初年の宝塚歌劇の生徒さんの様子なども描かれていますのでやはり興味がわきます。上方の唄は東京人が唄ったのではダメで、上方人の舌にもつれるようなネチネチした声でなければつまらないというところなど、耳のいい人だなと感じました。まだ古靱太夫といっていた、後の豊竹山城少掾については、東京から来たのに例外的だ(つまり上方の声が出ているということでしょう)と褒めながらもやはり摂津大掾や越路太夫(三世)のような大名人の域に達する事は難しいだろうとも書いています。今や山城といえば昭和前半の大名人として押しも押されもせぬ存在ですが、

    声の質

ということを考えた場合、たとえば八世綱太夫のほうが上方らしい義太夫を語っているという可能性はないか。これはちょっと考えてみる必要があるようにも思うのです。私はもうどうしようもありませんが、声の質という視点から山城の芸を見直すことも大切かもしれません。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3832-d4c67924