文学部の発想(1) 

「大学に行きたい」と言ったとき、親は文句を言いませんでした。ありがたいことでした。授業料を出してくれるわけですから、感謝するほかはありませんでした。ところが「文学部に行きたい」と言ったら反対されました。役に立たない、教員になる以外「つぶし」が利かない、豊かな暮らしはできない、ということだったのでしょう。兄が理系で飛行機乗りになると言い出したので、父親としては、文系の私には「経営学部」「経済学部」せめて「法学部」あたりに行ってほしかったのでしょう。それは

     「正しい意見」

だった、と今は思います(笑)が、その反対を押し切って超一流というわけでもない大学の文学部に進ませてもらいました。親には悪かったのですが、自分を抑えて経済学部や法学部に行っていたらやはり後悔しただろうと思います。好きな文学作品はもちろんのこと、文化史以外の史料を読むことも叩き込まれて、しんどかったものの、とても充実した学生生活でしたから。
それでも就職はやはり難しく、私は今の言葉でいうなら「フリーター」を何年もしていたのです。朝早くから晩まで働く、いわゆるモーレツサラリーマンだった父親には理解しがたい

    ぐうたら

だったかも知れません。父親が60代で亡くなったのは私が心配ばかりかけたからではないかとそれはもうほんとうに申し訳なく思っています。最初に書いた本は手にとってもらえず、ひとりで墓に行って400ページほどの本をパラパラとめくって「やっとできました」と報告したものでした。

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文学部の人間は世間離れしていて、常識に疎い。そんなことも何度も言われました。「文学部なんて、なんで行ったの?」という顔をされることも珍しくありません。若いうちから老成した趣味人になったように思われていたのかもしれません。それはある程度言えているように思いますし、そう言われても別に不満は感じません。ただ、文学あるいは私のような日本の古典文学などというものに没頭している人間にも時としてきわめて現実的な発想、未来を予見するような発想ができることは確信もしています。
唐突ですが、

    筆ペン

というものがあります。今やどこにでも売っていて、パーティなどで記帳する場合に便利なものです。私自身、家にも仕事場にも何本も置いていますし、カートリッジも常備しています。手紙を書いたりする場合重宝します。いわば万年「筆」で、「万年筆」と異なるのはペン先が毛筆タイプであるだけです。
呉竹とぺんてるが代表的なメーカーで、40数年前に実用化しました。
しかし、谷崎潤一郎は

    「陰翳礼賛」

の中で、もし万年筆を日本人か中国人が考案していたら、ペン先を毛筆にしただろう、と言っています。そして谷崎は、これは小説家の空想だと謙遜気味に言うのです。なんの、その「空想」から40年ほど経って、やっとこの国文科出身(卒業はしていませんが)の小説家の発想に社会が追いついたのです。
私は今、ちょっとした反抗をしています。目先のことばかりにしか思いの及ばない人たちへのレジスタンスです。おそらく私の「負け」だと思います。しかしそれでも「空想」を抱きながら反抗をやめるつもりはありません。

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