熊本、大分 

熊本県で震度7というニュースに驚きました。
実はあの前日(4月14日の地震でしたから、前日は13日)、私は「日本の文化と歴史」という授業の中で震災の話をしたのです。東日本と阪神淡路。震災は一瞬のうちに町を破壊し、人の命を奪い、文化財も容赦なく壊し、その土地の人の心に傷をつけます。しかし地震そのものは自然の行為なのでどうしようもありません。他人事ではなく、南海トラフなど、5秒後に起こるかもしれません。日本という国が地震国であることを知り、その上で「災」を少しでも軽くするのが歴史の知恵というものでしょう。過去にこんな地震があったというのを覚えたら、それは入試の日本史の知識にはなるでしょうが、やはり肝心なのはその知識をもとに知恵を絞って

    未来を築く

ことです。歴史ってそういう学問です。だから、突き詰めて言えば学問というのは全て歴史学なのです。と言いつつ、まさかその翌日にほんとうに大地震が起こるとは思ってもいませんでした。
あの日の地震は実は本震ではなく、16日の未明にさらに規模の大きい地震が来ました。余震があるとしても14日のような大きな揺れはないだろうと思っていたかも知れない人たちをさらに恐怖に陥れました。深夜ということもあって亡くなった方も多く、真っ暗な中で不安な時間を過ごされたことでしょう。
さらに追い打ちをかけるように

    強い雨

が降って土砂崩れなどを引き起こしました。そういう物理的な影響とともに、不安でいっぱいの人々の心に雨音がどのように響いたのか察するにあまりあります。

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私も、血縁ではありませんが、熊本県の旧郡部(今は合併して市になっています)に親戚はいます。兄嫁の実家なのですが、兄一家は多分居ても立ってもいられない気持ちになっているだろうと思います。
熊本には

    清和文楽

があります。大分には北原人形芝居もあります。そういう人たち、関連施設は無事だったのだろうか、気になります。当面は命をつなぐことが第一ですが、人間というのは不思議なもので、しばらく時間が経ったあと、立ち直ろうとする時に支えになるものとしてこういった文化の存在があると思うのです。
広島にいたときに台風でひどい目に遭い、厳島神社の能舞台が崩れたのを目の当たりにして愕然としました。あのとき「これでもとどおりになった」という思いに満たされたのは再建された能舞台を見た瞬間でした。
熊本には自然のシンボルの阿蘇山があり、歴史のシンボルの

    熊本城

があります。この地震で熊本城は甚大な被害を受けたようです。
まずは被害の広がりを防ぎ被災した方々の命を守ることです。日々の食べもの、日用品、住居。しかしやがて熊本が立ち直る時には、熊本城の再整備が力を発揮することもあると思います。
自分自身の生活もろくに維持できない私には何も支援する力はありませんが、せめて九州出身の学生の心を守ることだけでもできればと思います。次の授業でも取りあげたいと思っています。

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