白日(2) 

オリンピックのメダル候補と期待されていたバトミントンの選手が違法賭博のためにオリンピック出場ができなくなるというできごとがありました。
ことの経緯はよく知りませんが、悪の誘いのようなものがあって、つい乗ってしまったのでしょうか。女性関係まで表沙汰にされているようですが、私はそういう週刊誌は読みませんのでこれ以上詳しくは知りません
若い男の子ですから、誘われたらなかなかいやともいえず、また、博打くらい

    男の遊び

としてOKの範囲だとも思ったかもしれませんし、多少の悪いことはやってみたくなるのが男の子の本性でもあります(女の子がどうなのかは知りません)。また、普通の若者と違って、多少金銭的に余裕もあったのかもしれず、何かとちやほやされていたのでしょうか。ただ、若気の至りで先輩から誘われたのでやってみたものの、すでに違法博打はやめていたとも聞きました。
それでも違法なのだから罰せられて当然、という理屈はもっともらしいですが、私の考えでは、法というのは

    方便

なので、破ったからすなわち罰せられるというものではありません。「きみ、これは法律違反でもあるし、立場上そういうことをしたら具合が悪いだろう。すぐにやめなさい」と言って、「わかりました」と答えてやめるような若者なら、私だったら何も言わずに許します。
「甘い!」と言われるのは分かっています。「今は時代が違うんだ!」というのもこういう人たちを批判するネット上の決まり文句です。

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自分のことに置き換えて言いますと、ルール違反をしている学生が目の前にいた場合、学校教員としての大前提は「許す」ことにあると思っています。いかに許すか、許すために学生に何を話すべきかを考えるのが重要なので、決まりだから罰するというは教員としての思考放棄だと信じています。
昔の教員は許すためにげんこつを一発という方法を採ったのだと思います。それはいわゆる体罰なので、今はやはり

    話すこと

が重要です。間違ったことをした者に対して「やめなさい」と言ってやめないようなら罰する他はありません。しかしマスメディアは、あのバトミントン選手に「こんなことをしたでしょう。やめなさい」などと言ったのでしょうか? 語弊があるかとは思いますが、結果的には新聞記事にするという形で社会的制裁を加えたことになるでしょう。
新聞記者は教育者ではありません。事実を伝えるのが仕事なのでしょう。私とは人に対する接し方も考え方も違うのだと思います。私が法律を文字通りの

    金科玉条

と考えていないことも、法律家からすればとんでもない話でしょうから、やはりものを見る目はさまざまです。しかし新聞記者が記事にすると言った場合、あまりにも社会的影響が強すぎます。新聞は個人に制裁を加える事実上の権力を持っているとも思います。ペンは剣よりも強いというのは事実です。だからこそ、ペンを振るうときは剣を振るうより強い力をもっていることを自覚してもらわねばなりません。
私は新聞記者になろうかと思ったことがありますが、おそらく性に合わない仕事だろうな、と今は思います。

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