朝の宝塚(1) 

平日はだいたい朝6時過ぎに家を出ます。それだけに近所の朝の風景などめったに見ることがありません。休みの日は散歩することもありますが、これまでは河川敷を歩いたりすることが多かったので、やはり町の風景などはあまり気にしていませんでした。
しかしこの春から同じように散歩はするのですが、これまでとはいささか違ういでたちになっています。ポケットにカメラを忍ばせているのです。それゆえに歩く場所も河川敷ではなくなってきました。
私の暮らす宝塚市は阪神間の町の中では

    田舎

の部類です。神戸はもちろん、西宮、芦屋、尼崎などはかなり都会的。それに比べると宝塚市は伊丹市、川西市とともに山側になりますので、よく言えばのんびりしていて、悪く言うと何もない地域です。伊丹市は旧街道が走っているだけに、歴史も文化もありますが、宝塚市はほんとうに何もないのです。
そんな小さな町である宝塚市が全国に名前が知られているとすれば、やはり宝塚歌劇ゆえであり、その生みの親である

    小林一三(こばやし いちぞう)

のおかげといわざるをえません。こんな何もない地域に電車の線路を敷いて、あまっさえ少女歌劇まで作った小林一三翁の慧眼は並大抵ではなかったと思います。

小林一三(2016年春)
↑宝塚大劇場前の小林一三翁像

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最近はその宝塚大劇場を中心とした地域をよく散歩しています。特に連休の間は毎朝うろうろしていました。私の家からですと武庫川(むこがわ)という川に架かっている「宝塚大橋」を渡るのです。もともと宝塚市は川の左岸の宝塚町と右岸の良元村(りょうげんむら。「領家(りょうげ)」のなまったもの)などが合併してできたのですが、その二つの町を結ぶのがこの橋です。
と同時に、この橋は住宅街である武庫川右岸から歌劇のある夢の町の左岸に行く架け橋でもあるのです。多くの歌劇ファンは阪急(あるいはJR)宝塚駅から「花の道」を歩いて行かれ、それはそれでいいですし、一番便利なのですが、ひと駅南側の

    宝塚南口駅

で降りて、現実から夢の世界へと渡るようにこの橋を渡っていくのもいいものです。橋を歩いているとたいてい阪急電車がごとごととすぐ横の鉄橋を渡っていくのが見えます。これが何とも言えないのです。最近はラッピング電車もありますが、やはり車体は阪急マルーンと言われる栗色が一番。けばけばしくなく、とても落ち着いた色で、宝塚の町にとけ込んでいます。神戸よりも大阪よりも、この色は宝塚のためにあるような色だと勝手に思い込んでいます。
この橋、昔はもっとありきたりのものでしたが、今は花が植えられ、彫刻が置かれ、ずいぶんおしゃれになりました。

    青空

というのはとてもいいものですが、野外彫刻も青空にはよく映えます。特に見上げるような位置にある彫刻は青空と一体になってひとつの芸術空間を作っているかのようです。ここには淀井敏夫(文化勲章受章者)の「渚」と「鷗」、新谷琇紀の「愛の手」があります。「鴎」は青空を背景にとても伸びやかで、「渚」は阪急電車や宝塚大劇場を背にして心地よい川風に身を委ねているかのようにも見えます。

朝の宝塚8
↑淀井敏夫作「鷗」

スミレと大劇場遠望
↑宝塚大橋のスミレと大劇場

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