『上方芸能』第200号 

いまさらですが、雑誌『上方芸能』に感謝と敬意を捧げようと思います。
木津川計さんというかたが若き日に創刊された、大変失礼ながら雑誌とも言えないようなささやかな印刷物が、その内容の濃さによってみごとな発展を続けました。木津川さんのあと森西真弓、広瀬依子と続いた編集長のお力を中心に、長らく関西の芸能、すなわち文楽、能狂言、歌舞伎、舞、宝塚歌劇、現代劇、落語・漫才・講談その他の演芸などの維持、発展に

    多大な寄与

をされました。そうはいっても季刊誌であり、販売部数も限られることから、経済的にはずっと苦しく、よくぞここまで頑張られたと思います。
かつて大阪府はわずかながら補助金も出していましたが、それも文化の何たるかを知らないような人が知事になって打ち切られ、なさけない限りでした。政治は文化のしもべであることをなんら理解していないおそまつさでした。
それでも『上方芸能』は編集部の方々がおそらく

    歯を食いしばる

ような思いをしながら、ついに200号まで刊行されました。立派としか申しようがありません。目先のことしか頭にない安っぽい詭弁知事などとは違って、遥か後世まで評価されることは間違いありません。誰がなんと言おうと私は確信しています。木津川先生、森西ちゃん、広瀬さん、その他編集部のみなさん、ほんとうにご苦労様でした。

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その終刊号である第200号が本日刊行されます。感無量です。私は15年間書かせていただきましたが、寄与したという実感がありません。それどころか、一人で書いていた頃のものは、雑誌の名誉に傷をつけたのではないかと本気で思っています。木津川先生には合わせる顔もありません。同世代の森西ちゃんには「ごめんね」と言いたいです。かわいい(実際、とっても美人の)妹のような広瀬さんにも「お世話になるばかりでした」と頭を下げたいです。
広く多くのかたから

    400字のメッセージ

を募集するという形で終刊号は構成されました。寄稿されたおひとりおひとりのお心がとてもあたたかく、愛された雑誌であることを再確認しました。
私は何だか申し訳なくて寄稿するのをやめようと思っていたのですが、広瀬さんから「ダメ!」と言われて(実際はもっと優しいお言葉でした)、やはり書くことにしました。でも「ありがとう」以外に言葉が思いつかず、それなら短い浄瑠璃風の感謝の言葉を捧げようと思いました。
今日の記事の最後に、その言葉を書き記しておきます。

 難波津に。咲くやこの花、文の華。誇りも高き業招(わざをき)は知る人ぞ知る色も香も匂ふがごとく盛りなり。能狂言、文楽、歌舞伎、舞(まひ)、演芸、レビュー、演劇。観るなへに、代々(よよ)の移ろひ留(とど)め置き、豊葦原にあまねくも伝へ弘むるすべもがな、と夢を抱(いだ)きし若人あり。その意気よしと、芳しき心を寄する諸先達、読者評者に支へられ、京町堀の夕空にその名も上方芸能と赫奕(かくやく)として輝けり。
 滔々と。絶えぬ流れは木津川の絆も深き八十人(やそびと)が、淵にはあらで広き瀬に編み集めたる藻塩草。その言の葉の豊(ゆた)けくも、森に繁りて、星霜(せいざう)も、ここに六八、その数は百(もも)といひては二かさね。檜の板を踏みならし、舞ひ納めたる大あたり。引かるる幕は惜しめども、その功(いさをし)は朽ちずして末の世までも伝へけり。

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