観相 

『源氏物語』「桐壺」巻に、光源氏が高麗(こま)からやってきた相人(人相を観る人物)から予言を受ける場面があります。
桐壺帝は次期天皇となる皇太子(春宮。とうぐう)を決めるに際して、長男(のちに朱雀院となる)か光源氏(この時はまだ源氏ではありませんので、以下「光る君」と仮に呼びます)にすべきか悩みます。しかし長男の母は右大臣の娘で、この右大臣はゆくゆく今以上に強い権力を持つ可能性の高い人物です。それだけに長男を無視するのは危険なことです。そこで、光る君が三歳の頃に六歳の長男を皇太子に据えます。
それでもなお帝は光る君の処遇について悩みます。このまま皇子としておいて将来皇太弟から天皇になる道を用意しておくべきか、いっそ

    臣下

にして能力を発揮させるべきか。
そんなある日、高麗から来た人相見の名人がいるというので、光る君の相を観させることにしました。
父帝には右大弁という職にある信頼できる学才豊かな人物がいました。この人物は光源氏の後見人のような立場にあったのですが、その子どものように見せかけて連れて行かせたのです。身分を隠したのは、相を観させるに際して帝の子という先入観がないようにという判断もあったのでしょう。
この右大弁は、ある

    歴史上の人物

がモデルになっているのではないかといわれます。帝の信頼を得ていて、しかしどうやら血筋としては必ずしも出世コースに乗っているとも思えず、またこの高麗の相人と漢詩を詠みかわすなど、「いと才(ざえ)かしこき博士」(たいそうすぐれた学者)として描かれます。

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というと、あの菅原道真が思い出されるでしょう。源氏物語研究の先達によれば、その可能性が高いとのことです。
高麗の相人は光る君の顔を観るやいなや驚きます。そして
 ○国の親となって帝王の位に即く相がある
 ○しかしそうなると乱れ憂うることがある
 ○天下の柱石として政治を輔弼すると運勢が変わる
という判断をするのです。
帝はこれまでにも日本の相人に光る君を見せたことがあって(一説に、帝が相を観る能力があって自身で判断したとも)、そのときと同じ筋の判断が今回も行われたことに感心し、高麗の相人を称えます。
こういう話を学生にしますと、

    「占いで人生を決める

んですか!」という反応も返ってきそうです。たしかに今ならそういうことはめったにないでしょうが、信頼すべき相人というものが人生のアドバイザーという側面を持って存在していたのでしょうから、無意味なことではないと思います。父帝はこのあとさらに宿曜師にも占わせ、やはり同じような判断がくだされたため、光の君を源氏にすることを決断したのです。
人の顔(おもて)は心(うら)があらわれたもの、とも言えます。その人の本質はある程度は顔に出るかもしれません。それを的確に見抜く力のある人を相人というのであり、それならば信ずるに値するかもしれません。
私なんて、そういうすぐれた相人に観てもらいたくありません。どんなひどい判断をされるかと思うと怖いからです・・・。

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