短歌を詠むこと 

小学生の頃から短詩型の文学、つまり俳句や短歌に興味がありました。中学生の頃は57577を用いてふざけたことを書くのが好きでした。俳句は私にはなんとなく合わないような気がしていたのですが、高校生の時に作った夏休みの宿題の俳句があまりにひどく、それが決定的な自信喪失につながり、以後はもっぱら短歌に心を寄せるようになりました。
日本の短詩型文学は「57」のリズムが根底にあって、短歌は
  57 57 7
長歌は
  57 57 57 57・・・7
という形になっています。いわゆる「五七調」です。
  天の原ふりさけみれば  春日なる三笠の山に  出でし月かも
  千曲川 古城のほとり  雲白く 遊子悲しむ
  緑なす はこべは萌えず 若草も しくによしなし
  名も知らぬ 遠き島より  流れよる 椰子の実ひとつ
  ふるさとの 岸を離れて  なれはそも 波に幾月
というリズムです。古風な感じがします。
ところが 575 77 という詠み方も多くなります。
  あらざらむ この世のほかの 思ひ出でに
  いまひとたびの 逢ふこともがな
そして、いつしか「七五調」が日本の詩のリズムとして確たる地位を持つようになりました。
  この世の名残 夜も名残  死にに行く身を たとふれば
  あだしが原の 道の霜  ひと足づつに 消えてゆく
  夢の夢こそ あはれなれ
のタイプです。
しかしあまりこういう型にこだわらずに詠まれることも最近は少なくありません。文字も以前は歴史的仮名遣いが主流でしたが、最近は現代仮名遣いを用いる人も多くなっていると思います。

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学生の頃、ずいぶん短歌を詠み、ほとんど日記のようになっていました。そしてノートに書き付けるだけでなく、新聞や短歌雑誌に投稿もしました。その後はたとえば結婚や出産のお祝い、あるいはお悔やみの歌を詠むことはあっても、あまり熱心には続けませんでした。
『源氏物語』について書かせていただいている短歌の雑誌があることは以前ここに書きました。その代表の先生から「あなたも

    短歌を詠みませんか」

と盛んに言われています。「同人になって短歌も載せなさい」とおっしゃるのです。会費を払うのが苦しいという理由があって二の足を踏んでいるのですが、それがなければ老いの楽しみにもなるでしょうし、また詠んで発表してみたいという気持ちはないわけではありません。学生時代にもいくつかの短歌結社に案内だけはもらったことがあるのですが、結社には序列のようなものがあることが多く、宗教団体っぽいなと思ったこともあって入りませんでした。今連載している結社は雑誌を見る限りそういうものはなさそうに見えます。それも興味を持っているひとつの理由です。
まずは同人にはならずに少しずつ詠んで

    自分を磨き、

ペースが作れたら考え直してみようかなと思っています。
声をかけていただいている時が華、ということもあります。せっかくのお勧めですので、積極的に行動してみます。そのためにも、現代短歌はもちろんのこと、古典の短歌を改めてしっかり読んでいきたい、語彙を増やして新鮮なアングルからものごとを見つめたい.そんなことを考えています。

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