「蜘蛛の糸」を今年も(1) 

まだ私が短大の国文科教員だったころ、卒業ゼミで何を学生にさせるかは大きな悩みでした。
最初は国文科らしく平安時代の和歌などを読んでもらいましたが、学者になるわけでもなく、和歌など苦手、という彼女たちには難しすぎたようでした。もちろん、やり方次第なのですが、どうせやるならきっちりと、という思いがあり、結局あきらめました。
その後

    「西国街道の文学」

というタイトルで、鳥羽、伏見から淀、山崎、水無瀬、高槻、茨木、箕面、伊丹、西宮、芦屋、神戸などの古典文学を調べて地図を作るという作業をしてもらいました。伊勢物語や新古今集から地方に伝わる昔話を取り上げ、これは手応えがありました。最終的に冊子を作り、卒業記念に持って帰ってもらいました。
そのあとの三年間は、私の趣味に付き合ってもらい、

    新作浄瑠璃を作る

という離れ業を試みました。こんな題を出して学生が来るわけがない、と思いましたが、そのときはそのとき。学生が自由に教員を選ぶシステムでしたから、いやなら他の先生のところへ行けばいいわけです。ところが、三年続けて一番人気。君たち、いったい何を考えてるの? と、私が首をかしげたくらいでした。
そのあと、さらに

    朗読をしよう

というタイトルで、最後の時間に一人またはグループで朗読をするゼミを作りました。驚いたことに、これまた一番人気。国文科と言っても、案外学生はこういうことを求めていたのかもしれない、と思い始めたころに国文科は廃止になりました。

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流れ流れて、私は今流浪生活の中で児童教育の学生に「小学校で国語を教えるために」という内容の授業をしています。背門外もいいところです。学生も半分以上は小学校教諭を目指すわけではなく、多くは保育士、幼稚園教諭、あるいはOLになるようです。
それだけに、あまりにも国語教育の授業というイメージで実施するのはどうかとも思っています。そこで、昨年は

    朗読と紙芝居

を取り上げてみました。方法がまだ分からないので学生には迷惑をかけましたが、手探りをしながらなんとかこなしました。今年も相変わらず同じようなことをしようと思い、「方法」を考え直すことを第一に予習してきました。
昨年よりは反応はよく、ここのところ2回ばかりは「朗読と紙芝居のためのボイストレーニング」に時間を費やしました。谷川俊太郎さんの詩を楽しく読んでみよう、とか早口言葉を遊び感覚を入れながらやってみようとか、テレビCMのナレーションのつもりで麻婆豆腐の宣伝文句を15秒で言ってみようとか、そんなことを繰り返していました。
谷川さんの詩は、楽しく読めば楽しさが分かります、と話すのですが、実際学生は楽しそうにしています。
そして、いよいよ明日は朗読。取り上げるのは私の愛してやまない芥川龍之介

    『蜘蛛の糸』

です。
まず、文学としてきちんと解釈して、どう読めばこの童話(この作品は童話・童謡雑誌の「赤い鳥」に発表されたものです)を子どもたちに伝えることができるのかを考えてもらいます。棒読みはダメ。お釈迦様の行動と心理が目に浮かぶように読んでみよう、というのが私の考えにあります。

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コメント

ハイハイ!!真面目に受講します!したいです!!

はい!!ハイ!、ハ~イ!!
私も、センセの芥川、受講したいです。しかも、蜘蛛の糸!!

いいないいなぁ。
カンダタ、覚悟なさいませ、けっチョンけっチョンに、あなたの人間性の低さを貶されるさま、想像するだけで笑死が止まらないワ・・。

そして恐らく、さりげなく。帝都の都知事の品性も引き合いに出されつつ、もの凄く軽快に木っ端みじんにされるでしょう、ああ、ワクワクする。
(蜘蛛の糸を、どういう解釈で愛でているのかは、個人の自由としてお許しくださいませ)

いいな、いいなぁ、センセのご講義で。
あの芥川の一部の隙も無い、残酷な美しさに、今一度、向き合ってみたいです。芥川センセの句読点に合わせて読むと、下手くそが読んでも、するする進むので、不思議です。
それが天才の真骨頂なのでしょうが・・。

ところで。@三年続けて一番人気。君たち、いったい何を考えてるの?
と、仰ってますが。
センセ、何を仰いますやら。

いつの時代も、幼い子供に見えても。
ボーっと授業を聞き流しているように見える、アンポンタンも。
案外、授業内容ではなく、教師の人柄を見透かしているものです。

なので、何となく、飛び込んでみようと、惹きつけるのです。
ましてや、今後一切、そんな作業はしないだろうという事をさせられる授業。勿体ないこと、この上なしです、そりゃ、人気有りますよ。






  • [2016/06/13 17:51]
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♪押し得子さん

案外私は犍陀多に同情してしまうかもしれません。人間の弱さを最後まで持ち続けた彼に。
私もまた犍陀多と変わらないんだよな、と思うと一入同情が増しそうです。東京の知事さんなど私よりはるかにご立派でしょう。
・・などと、犍陀多に自分をなぞらえて思うのであります。
それにしても、押し得子さん、褒めてくれるじゃありませんか。エライ、エライ。まあ、そんなことを言ってくれるのは数ある「教え子さん」の中であなたくらいのものです。ありがとうございます。
そうそう、「今後絶対にそんなことはしないだろう」ということをさせるのが私の目的のようなものでした。浄瑠璃を作った時は毎日新聞にデカデカと記事にしてもらいました。

お釈迦様は、決して優しいだけの人では無い。

@褒めてくれるじゃありませんか。エライ、エライ

偉くはないのですが、お断りしておきます、本音ですよ。もっとも、センセにお世辞や上っ面だけの言葉を送信しても、デビルなご返信で、即・退去ですが。その辺りは無視して頂きまして。

あら?センセって、蜘蛛の糸をカンダタ目線で読まれるのですね?
私は、お釈迦様に沿って読んでしまいます。芥川センセのお釈迦様って、気まぐれで人命を弄んだけに思えてなりません。

情けを施しながら、人間性を試す行為が無情にしか思えなくて。
正しい事をした人しか、救って貰えない。と、最後の切り札を突きつけられたようで、怖かったです。

※ここからは、何処までも個人的見解です。ご不快に思われたら、このコメントを非公開になさって下さいませ。

中途半端な蜘蛛の糸で、救助するって、意地悪いわぁ・・としか思えないのです。
切れない紐で救うのが、正しい救助だろう?蜘蛛を助けたからって、蜘蛛の糸に縋らせるって・・どうよ。
そこに拘るお釈迦さまは、カンダタより悪事をほくそ笑んでいる小悪魔だと、思ってしまいます。

まぁ、所詮、人間なんて神様の手のひらで踊らされていると思えば、芥川センセが思い詰められたご心境を、察することもできるのですが。

でもなぁ、そもそもカンダタは非道な人間なので、結局、お釈迦様でも動かせなかった天命がもたらした結果は、至極、納得の結果なのですが・・。
でも、何度読み返しても、着地点が見つからないのに、引き込まれる名作ですよね。

そうそう、ずっと以前に、何かしらの嫌悪感を抱く、と嘆いた三島由紀夫。
センセに、戯曲は素晴らしいと、ご教授頂きました。
再読して、近代能楽集は確かに素晴しいと感じられました。

が、先日、宮本亜門さん演出の、ライ王のテラスという、
三島さん最後の戯曲の舞台をTVで見ました。
あの舞台を見てやっと、解りました。センセが、仰っていた三島さんの戯曲の素晴らしさ。
あれは、人の声で歌うように語られてこそ文体の美しさが際立つのだと思い知らされました。三島さんゴメンネ、今まで、ちっとも気が付かなかったわ。

  • [2016/06/13 19:45]
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♪押し得子さん

押し得子さんはご存じかどうかわかりませんが、昔、上方漫才に平和ラッパ・平和日佐丸というコンビがありました。
ラッパさんがどうにもならないアホぶりを発揮して言いたい放題。日佐丸さんはあきれて「こんなアホ連れてやってまんねん」。するとラッパさんが「気ィ遣いまっせ」と返して終わるのです。
ラッパさんはカンダタ。日佐丸さんはお釈迦様。結局、どちらが上をいっているのかわからなくなります。
「蜘蛛の糸」のお釈迦様は何とかカンダタをまともにしようとするのに、カンダタは相変わらずマイペース。「こんな人間救わなあきまへんねん」とお釈迦様。すると蜘蛛の糸がプツンと切れて、カンダタが「気ィ遣いまっせ」。
芥川先生、茶化したみたいで、すみません…。
三島由紀夫は鳩山由紀夫以上に友だちになれそうにない宇宙人。でも、大学生のころ夢中になって読みました。「黒蜥蜴」の脚色もうまかったなぁ。
でもやっぱり苦手です。

鳩ポッポもさることながら。

なぁるほど・・・・。センセ、恐るべし・・。
確かに、カンダタとお釈迦様は永遠の、漫才で言うところのボケと、突っ込み。しかも両者、どちらもその役割が出来る巧者で、使えるネタは尽きることが無い・・カンダタの悪事は無尽蔵にあるので・・。

そうか、そりゃ、何回読んでも面白いわけです。

確かにあの二人って。現世で極悪のカンダタ、あの世で救助の糸が切れる瞬間を眺めているだけのお釈迦様。
お釈迦さまへの宗教心や信仰を除けば、どっちもどっちでエゲツナイと、思います。なのに不思議と、美しい絵本を捲っているような気分にさせる物語ですよね。

あ?待てよ?芥川センセの私が好きな作品といえば・・。
・袈裟と盛遠・羅生門・六の宮の姫君。
どれを取り上げても、ボケと突っ込みの両者が出来る主人公と相手役ばかり・・。
私の大好きな、いとし・こいしさんの漫才と同じだわ、どっちもボケてどっちも上品に突っ込む。そりゃ、面白い筈だわ。

※ラッパさんは、祖母曰く。ダイラケさんより、チョット品が無いとぼやいていた事を覚えております。

ダイマルラケット、いとしこいし。って、面白かったワと言うと、我が親ですら呆れ顔です。
幼い頃、私を膝の上に乗せて、一緒になって笑ってたクセに、ナンなのさ。

ところで、帝都の知事はインテリ度が高くなるほど、さもしくなるのは何故なのでしょう。
どうしましょう、亡・青島さんが普通の人に思えてくる今日この頃です・・。

  • [2016/06/13 22:14]
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♪押し得子さん

私は子供の頃から漫才も落語も大好きで、いとし・こいしは今なお私のハートの中では日本一。あの人たちに勝る漫才コンビを見たことがありません。
ラッパさんは(失礼ながら)お顔からもお声からもあまり品の良さを求めるのは無理だっただろうと思います。むしろ「ベタベタのあほ路線」が合っていたような気がするのです。
しかし、芥川大先生、今ごろ蓮池のふちを散歩しながらくしゃみされているでしょうね。

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