ヒロインの孤独(1) 

『源氏物語』を読むと、至る場面で感動してしまいます。誰かと語り合いたくなります。今、公開講座で読んでいるのは「若菜 下」巻なのですが、ここでも作者の憎らしいほどの人物描写に心動かされます。まともに本を読んでいない私が言っても説得力のかけらもありませんが、『源氏物語』はやはり最高峰の文学だと信じて疑いません。
初めてこの物語を現代語訳で通読したのは大学に入ってすぐの夏休み(谷崎初訳、谷崎新々訳、円地文子訳の三種類)。原文で通読したのはさらにその次の夏休みだったと思います。その時にはまったく分かっていなかったことが、今読んでみると目からぼろぼろと

    鱗が落ちる

ようです。
作者がすばらしいのはもちろんですが、これを愛読し、伝え、註釈してきた読者諸賢、研究者諸氏に敬意を表したいものです。文学は読まれなくなると姿を消します。同時代読者が愛読したからこそ続きが書けたのでしょうし、後代の読者がいたからこそ今に続いているのです。その意味では、紫式部一人がこの作品を書いたのではないのです。
私は今の時代を生きるものとしてこのすばらしいものを

    後世に伝える

(ほんのささやかな)役割を担っていることを幸福だと思っています。文学、広く言うと文化を伝えることは生きることに等しいのです。文化を破壊するなど言語道断です。

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「若菜下」巻でもっとも印象的な登場人物は女三宮と柏木のカップルかもしれません。柏木という男は、かつて朱雀院の三番めの娘である女三宮との結婚を切望していました。独身で、将来は有望、そのことに強い自負もあり、必ずこの結婚は実現すると思っていたのです。ところが女三宮は25年ほど年長の光源氏の妻となってしまい、柏木の夢は破れます。それでも柏木は、もし光源氏が出家したら自分が女三宮をお世話するとまで思いつめているのです。そんなある春の日に光源氏の邸で蹴鞠が行われ、参加していた柏木は

    猫のいたずら

が原因で偶然女三宮の姿を見てしまいます。寝ても覚めても女三宮。ついに彼はその猫を入手して、愛撫したり話しかけたり一緒に寝たり、異常なまでの皇位を繰り返すようになります。そして、その五年後に、ついに彼はわずかな隙に乗じて密通という大事件を起こしてしまいます。
しかし、そこに至るまでの作者の用意周到な話の造り方、あるいは「構え方」といってもいいかもしれませんが、その腕前には兜を脱ぎます。実は、柏木の狂おしいまでの片思いの最中に、作者は物語最高のヒロインである

    紫の上

の哀しみを描いてやまないのです。
彼女は光源氏の最愛の人であり、誰からも愛され、尊敬され、みずから子を生むことはなかったものの、明石女御(光源氏と明石の君の間に生まれた娘。のちの明石中宮)を養女をとして育て、女御は実の母のように慕ってくれて、その出産の世話もして「孫」にも恵まれます。なにも不満のない、何も不足のない栄耀栄華の人生と思われるのですが、実は彼女の内面はそんなものではないのです。

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