色に出る 

昨日書きましたように、お世辞を言われて喜んで、「あれはお世辞だったのだ」と気づいたとき、何となく心の中が赤らむような気になります。少し熱を持った恥ずかしい感じ。学生さんにうまいことを言われて一瞬でも真に受けてしまった私の恥ずかしさが顔色に出ていなかったらいいのですが。しかし、
  しのぶれど色に出でにけり
    我が恋は
     ものや思ふと人の問ふまで
              (平兼盛)
ということもあります。いくら忍んでも、思いは顔に出るものです。
この歌は壬生忠見(みぶのただみ)の「恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と並んで百人一首に入っていますが、実はこの二首は歌合(うたあわせ。左右から歌を出し合って、優劣を競う)で

    「忍ぶ恋」

のテーマで番(つが)われた、すなわち比べられた二首なのです。
優劣付けがたいと皆が思っていたところ、天皇(十世紀半ばの村上天皇)が「しのぶれど」の方を少し口ずさんだのを聞いた判者(優劣を判断する人)が兼盛の勝ちとしてしまいました。古今和歌集の撰者の壬生忠岑の息子である忠見は歌人としてのプライドも高く、この自作に自信がありましたので、こういう結果になって絶望的な気持ちになりました。煩悶して

    命絶えた

という説話まで残っているほどなのです。
天皇のちょっとしたツイートが大きな意味を持ったのです。
それにしても、忍ぶ思いがほんのわずかに表に出る瞬間を捉えて詠んだ兼盛の歌はなかなかいいものだと思います。

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今年はプランターにトマトの苗を植えてみました。ミニトマトの経験はありますが、大玉のものははじめてです。最初のうちはミニトマトと同じように成長していって、同じような花が咲き、同じように小さな実が姿を現すようになりました。
しかしそのうちにみるみる大きくなって一人前(?)のトマトに成長したのです。ところが色は

    薄い緑

のままで、触ると硬く、それがいつまでも続くのです。なにしろトマト栽培初心者マークの私がはじめて育てたわけですから「何か間違ったことをしていつまでもこのままなのではないか」という不安が募ったのです。
七月十二日の朝、家を出ようとした時、プランターの横を通るとトマトが

    こちらを見ている

のに気がつきました。明らかに彼女(彼でもいいのですが、できれば彼女のほうがいいのでそう呼びます)は私を呼んでいました。前日見た時は愛想のない緑色をしていたのに、この日はほんのりと色づいていました。一夜でこんなに色づくものなのか、と、いささか感激したのでした。そして翌日にはさらに赤みがまして、その翌日はついに真っ赤になり、収穫、夜にいただきました。

2016712トマト
↑色づきはじめたトマト(7月12日朝)
雨よけのビニールをかぶせています

2016713トマト
↑さらに色づいたトマト(7月13日朝)

20160714昼トマト
↑収穫したトマト(7月14日昼)

20160714トマト
↑そしていただきました(7月14日夜)

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