光源氏の孤独感(1) 

公開講座で『源氏物語』の「若菜下」巻を読んでいます。
この巻は柏木と女三宮の密通がよく知られる場面なのですが、ほかにもいいところがいろいろあります。
先日は住吉参詣の部分を読みました。
当時の都人は、旅などめったにしません。しかし出かけたいという思いは持っていたはずです。光源氏は、明石の入道という人物の立てていた願の願ほどき(お礼参り)をしようと計画し、紫の上(光源氏の妻)、明石の女御(光源氏の娘で天皇の女御)、明石の御方(明石の君とも。明石の女御の母、明石の入道の娘)、明石尼君(明石の御方の母)などをつれて摂津の

    住吉神社(住吉大社)

に出かけるのです。
光源氏は若き日に須磨に退去して鬱々たる日を送ったことがありました。その時に嵐に遭い、須磨を捨てて明石に行きました。これは住吉の神のお導きということになっていて、そこで明石の入道と出会います。明石の入道は偏屈な院物で、大臣の家柄でありながら都を捨てて播磨に居着きました。しかし娘はなんとしても都の高貴な人物の妻にしたいと願い、光源氏と出会うことでそれが叶ったのです。光源氏と入道の娘の間には女の子が生まれ、その子は紫の上の養女となって都で成長し、やがて春宮(とうぐう)の女御となり、子どもにも恵まれます。明石の御方は娘の母という立場を捨てて世話係のような立場で謙虚に励み、それゆえにかえって人々の称賛を浴びることになります。明石の尼君も都に上り、

    幸い人

の代名詞のように言われているのです。入道は遁世して今は山奥で暮らしているのですが、一家はすばらしい繁栄をしています。

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光源氏は表面的には自分の個人的な参詣ということにして、実際は明石の入道の願ほどきをしようというのです。住吉神社は海の神、航海の神、戦の神、和歌の神など大いに信仰を集めました。都の人は住吉参詣をする場合、石清水八幡宮や四天王寺とセットにして回ることが多かったのです。
このときは

    十月の下旬

で、初冬ですが、紅葉のきれいな時期でもあります。
神社では舞を奉納します。大げさな高麗や唐の雅楽よりも、東遊(あづまあそび。東国の民謡をもとにした楽による舞)のほうが、場所柄なつかしい感じがします。松風や波の音にからむように響く音楽。舞人は背丈の同じような美貌の若者を集めています。その装束に描かれた山藍で摺り出した竹の図柄や冠に挿した挿頭(かざし)はあたりの風景にとけ込み、

    自然と人が一体に

なった様子が鮮やかに描かれます。紫式部の筆は実によく冴えています。
光源氏はどこにいるのでしょうか。神社の庭前で繰り広げられる舞を簀子敷(縁側)に座ってながめているのでしょうか。まわりにはお供をしてきた上流貴族たちが居並んでいるのでしょう。
そんなとき、彼は我が身の栄華を享受しつつも、ふとかつて零落していた頃のことを思い出すのです。
しかし、彼はそのことを語らうような友人など居ないことに気づきます。

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