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大阪に来られたら(1) 

四月公演においでになる方が少なくないようです。
お近くの方は気軽に行けるわけですが、中国、関東方面からお越しになる方もどうやらかなりの数にのぼりそうです。
そういう方々はついでにあそこへ行ってみよう、という計画を立てていらっしゃると思います。
今さら私などが何も申しあげることはないのですが、もしかしたら何か役に立つかもしれませんので、

  少し足を延ばせば行ける文楽ゆかりの地

を書いてみます。
文楽劇場から四天王寺の方まで歩いて見ます。
今日はその1

  文楽劇場・目と鼻の先コース!

です。

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(注)地図のサイズが大きいので、画面に入りきっていないかと思います。地図をクリックしてみてください。

劇場のすぐ北側、え~っとちょっと歩きにくいところではあるのですが(女性の一人歩きも気になる…)、道頓堀に出まして、東のほうに少し歩くと東横堀になります。その角あたりにあったのが二つ井戸。
摂津名所図会に「二井 此井水はよきとて此辺の用水たる」とあります。

20070305155649.jpg


左下に四角い二つの井戸がくっついているのがお分かりだと思います。
ちなみに、この絵の上のほうには植木屋吉助の前栽が描かれています。

今はもう井戸はないのですが、マンションの名前などに「二ツ井戸」がつくものがあり、かろうじて往時をしのばせてくれます。
以前は粟おこしの「津の清(つのせ)」がこの地のすぐそばに模造ながら立派な井桁を置いていたのですが、今それは堺市にある本社に移設されたそうです。

劇場から西へいくと町の真ん中に墓地が…。三津寺墓地です。ここに「艶姿女舞衣」の三勝・半七の墓があります。
ただ、墓石がひどく傷んでいて、何が書かれていたのかすら分からなくなっています。残念です。
20070308171654.jpg
 三勝半七の墓

暁鐘成(あかつきのかねなる)の『摂津名所図会大成』が伝える「三勝之墓」は

石塔婆に勒して云
一蓮 嵐雪月照信士 月雪妙霜信女 托生 元禄八歳乙亥十二月七日
和州五條新町住 あかねや半七
大坂長町四丁目 みのや三かつ

墓石に勒して云 施主 花井あつま 杉山勘左衛門 座本 岩井半四郎
寛政辰四月再建 江戸五代目 若女形 岩井半四郎

というものだったようです。
つまり石塔婆に「一蓮托生 嵐雪月照信士(半七) 月雪妙霜信女(三勝) 元禄八年(1695)十二月七日 大和五条新町に住んだ 茜屋半七 大坂長町四丁目 美濃屋三勝」とあり、墓石には「施主 花井あづま、杉山勘左衛門、座元の岩井半四郎 寛政八年辰年(1796)四月に江戸に移った五代目若女形岩井半四郎が再建した」とあるわけです。

花井あづまは三勝、杉山勘左衛門は半七を演じて大当たりになりました。

そして、追善の発句として

  二ぼさつはうてなにならぶ袖の雪
  死かほの尚うつくしき朝の霜

と詠まれたそうです。

ここからは法善寺の水掛不動も遠くありません。全く時間はかかりませんので、まずどこか一箇所にという方は三津寺墓地を訪ねられるのもいいかもしれません。

gekijoukaiwai.gif

劇場の北の赤丸が以前「津の清」の二つ井戸があったところ(今はもう何もありません)、法善寺の南の赤丸が三津寺墓地です。

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コメント

花より○○

下旬頃に伺う予定なので桜は間に合わず。がっかり~
・・・と思いきや、私には“善哉”があるじゃない!!
法善寺ってこんな近くだったんですね。
まずは腹ごしらえを(笑)

こんなところに

藤十郎さま お早うございます。

三勝、半七のお墓は、こんなところにあったんですね、三津寺墓地なんですね、三津寺筋とは違うところなんですね、三津寺は他の場所にあるんでしょうか?

「艶姿女舞衣」久しく観ていません
歌舞伎でも出ませんね、先代鴈治郎はんのお絹と半七との二役が懐かしいです
ミ(`w´彡)

♪小豆さん

小豆さんに「ぜんざい」は欠かせませんね。
ぜひ水掛不動にお参りなさってください。芸事がきっと上達します。
ただ、細い道(路地)を歩くことになるので、分かりにくいかもしれませず要注意です。また路地によってはあんまり入らないほうがいいところもあるかもしれませんので、これまた要注意。

私も大阪は月末

ちょうどその頃は愛媛の息子のところにいます。

30日の午後、曼司庵に行こうと思っていたのですが、日曜はお休みみたいですね。他のことを考えないといけませんので、いろいろ教えていただけると嬉しいです。

♪rudolf2006さん

三津寺筋(みってらすじ)は文字通り三津寺のあるところですね。御堂筋沿いで道頓堀より少し北です。
三津寺墓地はビッグカメラ(かつて千日デパートのあった所。悲惨な火災で取り壊され、プランタンとなり、その後ビッグカメラとなりました)の少し東側。夕方の5時までなら墓地に入れます。都会の喧騒の中、いつ行っても誰もいない広々とした墓地です。

♪DancingDollさん

そうですねぇ、日曜は残念ですね。
でもあの近所を散歩なさいませんか?
いろいろ面白いところがあります。
引き続きいろいろ書いていきますので…。

三勝・半七のお墓がこんなところにあったのですね。
一般の者でもお参りに行けるのでしょうか。

「艶姿女舞衣」は今年2回も素浄瑠璃で聴けるので、
現在底本の文庫本を入手して全体を予習中です。
一つ目はあさって、英大夫さんが白鷹で(チケット完売!)、
そして文楽劇場の素浄瑠璃の会…住大夫さん!!

♪睡蓮さん

いよいよ明後日ですね。
団七さんと。19日の記事にするつもりですので、リポートよろしくお願いします。
三津寺墓地は誰でも入れます。千日前通り側には入り口はありません。東側の通りを南に折れるとすぐに大きな門(以前は小さな入り口でした)があります。墓は墓地の中央やや北寄り(千日前通り寄り)です。分かりにくいかもしれませんが、石碑が建っているのでそれを目印にどうぞ。

岩波文庫に全段載っていますね。酒屋は下の巻ですから、三勝の活躍する上中巻が新鮮です。中巻には半七の殺人の模様も出て来て、酒屋でなぜ彼が追われているのかが分かります。
この上中の内容もまたいずれ詳しくご紹介したいと思っています。

続きも楽しみです

今地図を見てあら、と思ったのですが、三勝半七のお墓はビックカメラのあたりをうろうろしていたときに、
「こんなところにお墓があるんだわ~」と思った場所です。千日前通りに入口がないので、壁のみ(笑)見ました。
二つ井戸のあたりは、微妙ですよね…。実は、ここもうろうろして(方向音痴のくせに地図を持っていなかったのでした…)通ったような気がするんです…。
このあたりは、歌舞伎町を彷彿とさせますv-27

♪mainaさん

最後のv-26が恐ろしいです。

三津寺墓地の千日前通り側は十三仏参りができるようになっています。
閻魔像に参って摩尼ぐるまをぐるりと回してからスタートして、不動明王から虚空菩薩までお参りしてください。歩く人が「邪魔やなぁ」という顔をするかもしれませんが。

4月に向けて予習します
うわぁ
今回の大阪遠征は楽しみです~

♪おりんさん

おりんさんが「予習」とおっしゃると、ほんとうに熱心になさりそうな気がしてしまいます。
観光ガイドブックだと文楽に関わるところを選んでくれない(あたりまえですが)ので、意外なところを見落としてしまうことがありますね。
なお、ビッグカメラはときどきS甫君がうろついているようです。(かなり前ですが)本人がそういっていました。その意味では名所かも(笑)。
また、上の地図の右下の方、「近鉄日本橋」の文字の「橋」の字のあたりにある「カレー天ぷらうどん」の「お食事処 あさひ」は技芸員さんもお勧めのお店で、技芸員さん出没する可能性があります。

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